2005年06月20日


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「 裁 判 を 正 す 会 」 事 務 局 


第1回国民会議のご報告

 

 

 6月7日、冨嶋の控訴審第1回口頭弁論期日当日、開廷前に上記チラシを傍聴人にお配りしていました。
 会場のエリゼは国賠ネットワークの土屋氏にご紹介していただきました。防音装置がしっかりしており、白色を基調にした、15席が満席のこぢんまりした部屋で、膝をつき合わせ、親密にお話ができました。
 出席者は16名で全員、「裁判を正す会」の会員でした。皆さん熱心で、予定時間を1時間オーバーして、午後4時過ぎ、次回第2回国民会議までの宿題を抱えてお開きになりました。

■ テーマ1

 請願運動「法制審に国民の代表を公募で送り込もう」をしたとき、「紹介議員になってください」の要請をして、冨嶋が議員会館の中を挨拶してまわっていたとき、声をかけてきた与党の議員の政策秘書に電話で面会の約束をして、前日、話をしてみた。

 「何事もマスコミが取り上げ、世間が騒がしくなると、国会でとりあげる」ということだった。

 そのマスコミを裁判所が徹底して押さえるから、どうしようもない。どこから、どういう力が働くのかわからないが、記者たちは蛇に睨まれたカエルと同じである。
 亡国の元、昔軍隊、今司法。それに腰抜けマスコミである。「志」は死後になってしまった。

 議員会館の地下売店で『国会便覧』を買って見ると、裁判官訴追委員会の委員長は森山真弓(冨嶋の裁判の被告の代表)、委員には元統一教会顧問弁護士・高村正彦、裁判所の族議員・江田五月がいる。

 八方ふさがりの状況であるが、これに対しては、「自分たちの新聞社・テレビ局を作ろう」の声があがり、調べると、すでにインターネット上に数社が存在する。インターネット上の新聞社といっても社員が20名もいる。
 直ちにとりかかることはできませんが、常に気にかけ、情報を集めます。

 

■ テーマ2−(1)

 行政がらみの土地争いの手口はチームでやる「詐欺」である。チームの組合せはいろいろあると思うが、とにかく1人ではやれないことである。

 


県土木
法務局
土地家屋調査士 隣家
都市計画事業団
 


 上記一覧リストは新井さんが作られたものですが、この会員4人で取り組んでいる土地問題の裁判は全国的な運動に発展させることができると期待します。運動の性質は住民運動です。
 運動に参加ご希望の方は、会員にかぎりませんので、新井登暉子さんの方にご連絡ください。
 〒248−0032 鎌倉市津602−190

 青木良明さんのHPも見てください。検索は「実録赤城のからっ風」

http://www.tohgoku.or.jp/~aoki/index.html

 

■ テーマ2−(2)

 弁護士問題に関しては、冨嶋が以下の提案をしました。

 医者と同じように、弁護士にもアカウンタビリティ(説明責任)をかす。 裁判所でやる争点整理の段階までを、どのような方針でやるか、どのような資料・証拠を必要とするか、その資料・証拠を揃えれば勝つ見込みが大凡どの程度あるか、ないときはどうかなどについて、書面で明確に説明してもらうこと。このようなことを日弁連に要望してみてはいかがでしょうか。

 橋本和憲さんと坂入健司さんが元裁判官の中村俊夫弁護士を相手に懲戒請求をしておられます。被害者が集団で訴えると成功すると思います。中坊公平弁護士を廃業に追いやったのも、たくさんの被害者が団結したからです。大きな訴追の輪を作りましょう。

■ 連絡先

橋本和憲さん 坂入健司さん
〒228−0811
 相模原市東林間2−13−10 ヴィラ田園101
 TEL042−243−4535
〒173−0004
 東京都板橋区板橋1−59−8 藤ビル201
 TEL03−5567−3881

 

■ 判決言渡は無効である。

                     佐藤 泰山  

 民事9部の裁判官らは、裁判官忌避申立ての処分(却下決定)が確定していないから、民訴法26条で執行停止中であるにもかかわらず、土地改良差し止め訴訟に棄却判決をした。

 <冨嶋の疑問>
 裁判官忌避をして、どういう効果があるのでしょうか。裁判官忌避をしても99%以上が成功しません。仮に成功しても、また同じ勝手カラスの裁判官が出てきて棄却判決です。時間とお金とエネルギーを損するだけです。
 裁判官忌避で振りまわされている間に、肝心の本命の裁判の幕を下ろされてしまったら元も子もありません。
 カラスの肉は美味しくないそうです。勝手カラスを焼き鳥にしても食べるものはいません。
 無駄なことには目をくれず、本命の裁判を逃がさないように、最後までしがみついた方がとくです。
 裁判官忌避の申立があると、また社会の弱者を虐めた、よくやったと、悪魔に良心を売り渡した悪徳裁判官はご褒美をもらうのではないかと、以前から、そんな気がしてなりません。
 裁判所にとって、金持ちの方が上得意のお客さんで、弱者や貧乏人は早く切って捨てろだと思います。

 

■ 弁護士懲戒を請求する

                      安宅 夏夫

  

 日本の、現下の民事裁判が、いかに途方もないやり方でなされているか。
 今号では、私の既発表の「裁判詩 最高裁の傘の下」(「抒情文芸」2005年1月発行・第113号)を冒頭に引くことから始めよう。
 
    裁判詩
  最高裁の傘の下
            「裁判が汚染されているからです。とくに
            最高裁ですよ」
               B・フルフォード著『泥棒国家の完成』
                                  (’04・光文社)
 
  代理人として依頼契約した弁護士が、どうも臭い。
  「家の強制執行が嫌なら、あと5,6百万円から一千万円持参しなさい。
  そうしたら最高裁に出す執行停止願いの書類をあげます」
  高等裁判所での控訴審の時に、私は別途、三百万円を供託してしまってある。
  「じゃ、先の三百万円は、一度返して下さい」
  「いや、先方の弁護士先生が返さないでくれ、と言ってるからダメです」
  「とにかく、今日の夕方の五時までに最高裁に届けないと期限切れじゃ
  ないですか」
 
  朝一番の法律事務所で押し問答のあげく、一千万円は後回し、しぶしぶ
  くれた書類を鷲づかみ、
  待っていた友人の車で金沢駅に走り、
  発車直前の特急に跳び乗り、
  越後湯沢で新幹線に乗り換え、
  東京駅で地下鉄に跳び移り、
  平河町駅で地上に跳び出して、
  隼町の最高裁のフロントに、
  「バン!」と書類を出したのが、午後四時三十分。
  ギリギリだったが、下見をしておいたおかげで「楽勝!」だった。
 
  やれやれ、これで一安心と胸を撫で下ろしたのだが、
  何と、最高裁フロント(安宅担当・小林某書記官)が受け付けた、くだんの
  書類は、
  安宅の署名にしてあって、代理人の署名ではなかった!
  私は、「無効の書類」を握らされ、金沢から最高裁フロントまで走ったので
  ある。
  この国では、依頼人に問い詰められ、追い詰められると、弁護士は、最高
  裁の傘の下に逃げ込むのだ。
 
 次に、『注釈弁護士倫理』(日本弁護士連合会・弁護士倫理に関する委員 会〔編〕・一九九五年三月初版・有斐閣)から、その「前文」を引く。
 
 「弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする。その使命
達成のために、弁護士には職務の自由と独立が要請され、高度の自治が保障されている。
 弁護士は、その使命にふさわしい倫理を自覚し、自らの行動を規律する社会的責任を負う。
 よって、ここに弁護士の職務に関する倫理を宣明する。」
 
同著の内容は、
第一章「倫理綱領」−第一条ーー第九条
第二章「一般規律」−第十条ーー第十七条
第三章「依頼者との関係における規律」−第十八条ーー第四十二条
第四章「他の弁護士との関係における規律」−第四十三条--第五十条
第五章「事件の相手方との関係における規律」−第五一条ーー第五二条
第六章「裁判関係における規律」−第五三条ーー第五七条
第七章「弁護士会との関係における規律」ー第五八条ーー第五九条
第八章「官公庁との関係における規律」−第六十条ーー第六一条
 
 以上から成る。
 以下、必要な条目を引きながら、冒頭に引いた「裁判詩  最高裁の傘の下」に照らし合わせて吟味していこう。
  第一章・第一条(使命の自覚)−−弁護士は、その使命が基本的人権
 の擁護と社会正義の実現にあることを自覚し、その使命の達成に努める。
  同章・第四条(信義誠実)−−弁護士は、信義に従い、誠実かつ公正に
 職務を行う。
 
 右について吟味する。
 言うまでも無く、書くまでもないが、当該の弁護士が、右「裁判詩」に照らし、弁護士「倫理綱領」の根本を蹂躙していること甚だしい。
 第一条も無論だが、第四条は「民法」の根幹である。『六法全書』は「信義則」を最大最高最強のものとしてあつかっている。
 『広辞苑』から引いておく。〔信義誠実の原則の略称。私法上、権利の行使や義務の履行にあたり、社会生活を営む者として、相手方の信頼や期待を裏切らないように誠意をもって行動することを求める法理〕
 『注釈弁護士倫理』に「信義則」について次のように説明されている。
 「弁護士の職務との関係に置いて、信義則は、大別して3方向に向かって適用される。その1は、裁判所との関係における信義則であり、その2は、依頼者との関係による信義則であり、その3は、相手方代理人との関係における信義則である」と。
 であれば、「その2」は潰すのか。「その1」が認め、「その3」の要請があれば、「その2」の「依頼者との信義則」は踏み潰していいのか。
 かかる途方もない所業を行って、それで法治国の法曹人であっていいのか。
 日本の「警察・検察・裁判所」の「汚染・退廃」について、日本国内レベルでは、もはや不可逆的になってしまっている。
 
 右に掲げた著・第六章「裁判関係における規律」の第五四条に、
 「弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽の証拠を提出してはならない」
 とある。
 であれば、この「裁判詩」の当該弁護士の如く、最高裁に「虚偽の書類」を提出していいはずがない。
 この当該弁護士の行為は、右掲著・同条によれば、
 @偽証罪(刑法第169条)に対応し、かつまた、
 A当事者の虚偽陳述に対する過料(民事訴訟法第339条)
 とに対応する。
 
 法律用語に「詐害(さがい)」がある。
 語意は「偽り企んで他人に損害を与えること」(『広辞苑』)だ。
 しからば、何故に「裁判詩」の当該弁護士は、かかる慮外な「詐術・詐害行為」を依頼人である当事者に対して行ったのか。
 それは、右掲著所収の第五章「事件の相手方との関係における規律」の第五一条、
 「相手方からの利益供与」
 を疑わせる。
 すなわち、同著第一章「倫理綱領」の第八条「廉潔の保持」に、甚だしく反する。
 かかる行為をもって依頼人をペテンにかけ、日本の司法の根幹である最高裁までもたぶらかす、いや、この今回の私の一文の文脈をもって繰り返して書くと、
 「このような弁護士の行為は、最高裁によって許容されているのか?」
 併せて右記第八条「弁護士は、廉潔を保持するように努める」
 これは、冗談なのか。最高裁は返答せよ。
同著所収の前掲「前文」の、
 「弁護士の職務に関する倫理を宣明する」
 を、無視し、陵辱する以外のなにものでもない。「日弁連」会長の返答も求む。
 同著第七章「弁護士会との関係における規律」の第五八条「弁護士は、弁護士法、日本弁護士連合会及び所属弁護士会の会則、会規及び規則を遵守しなければならない」
 をも同じく無視、陵辱していることは、言うまでもあるまい。
 
 加えて、吟味すれば、この「裁判詩」の当該弁護士は、前掲著・第一章「倫理綱領」の、
  第五条(信用の維持)−−弁護士は、名誉を重んじ、信用を維持するとと
 もに、常に品位を高めるように努める。
  第六条(法令等の精通)−−弁護士は、法令及び法律事務に精通しなけ
 ればならない。
  第七条(真実の発見)−−弁護士は、勝敗にとらわれて真実の発見をゆ
 るがせにしてはならない。
第三章「依頼者との関係による規律」の、
  第九条(正当な利益の実現)−−弁護士は、良心に従い、依頼者の正当
 な利益を実現するように努めなければならない。
  第三一条(事件処理の報告)−−弁護士は依頼者に対し、事件の経過お 
 よびその帰趨に影響を及ぼす事項を必要に応じ報告し、事件の結果を
遅滞無く報告しなければならない。
第六章「裁判関係における規律」の、
  第五三条(裁判の公正と適正手続き)−−弁護士は、裁判の公正および
 適正手続きの実現に努めなければならない。
  第五五条(裁判手続きの遅延)−−弁護士は、怠慢により、又は不当な
 目的のため、裁判手続きを遅延させてはならない。
  第五六条(裁判官等との私的交渉)−−弁護士は、事件に関し、裁判官
  、検察官等と私的関係を利用して交渉してはならない。
  
 これらの条文にも相わたって違背している。
 右「第五六条」の解説文から引くと、こうある。
 「−−本条は、私的関係を利用した交渉について規定しているが、裁判官
 、検察官等や弁護士自らの職務の公正に疑念を生じさせる行為は、私的
 交渉に限らず、慎むべきである。
  なお、本条に『裁判官、検察官等』とあるのは、裁判官、検察官のほか、
 裁判所や検察庁の職員及び調停委員など裁判所の選任・委嘱にかかる公
 職者を含む趣旨である。」
 
 
 米経済誌「フォーブス」アジア太平洋支局長、ベンジャミン・フルフォード氏は、大反響を呼んだ氏自身3冊目の著、『泥棒国家の完成』(2004年4月・光文社刊)上梓後、同年6月号「財界展望」に、
 「『暗黒裁判』で裁かれる日本人ーー日本に司法制度など存在していない」を載せた。
 以下にポイントをピックアップする。
 
 「日本の司法制度全体を見ても、以前にも指摘したとうり、日本は『二割司法の国』としかいいようがない状況にある。
 訴訟沙汰になるような問題案件のうち、二割しか正規の司法制度を通じて、解決を図ることができない有様なのだ」
 「恐ろしいのは、証拠の採用についても、裁判官の「気持ち」ひとつで、取り上げるか取り上げないかが、決まってしまうことだ。
 先の裁判では、証人尋問で被害者が語った内容が、あとで裁判記録を読んでみると、跡形も無く消去されているケースまであったのである。
 消された証言は、結果的に銀行に都合の悪いもの、というより銀行の犯罪を暴く核心の部分であった。
 このように、裁判所までがグルになって、真実を隠蔽しようとしている状況には、戦慄を催す。つまり、この国にはまともな司法すら存在していないといっても過言ではないのだ。」
 
 このような「日本の司法を変える処方箋」として、ベンジャミン氏は、以下の提言をする。
 
 「まずは、海外の有識者からの司法制度に対する提案を受け付けるべきだ。閉鎖的な日本の司法に対しては、国際的なルール、スタンダードを受け入れるという、外圧をかけなければならないだろう」
 
 以下もそうだ。
 「裁判所がもっと『情報開示』を進めなければならない。今の状況では、密室の暗黒法廷である。だから、証拠を裁判官が恣意的に扱うことができてしまうのだ。欧米のように、テレビ公開にも堪えるような裁判ができるような状態が自然なのである」と。
 
 「裁判を正す会」代表・冨嶋克子さんが、
 
  法廷の様子を録音させよ
 
 との訴え(ほか2件と連動)を「東京地裁」にだして、闘った裁判が、昨年今年 と続いたが、判決は「不許可!」だ。
 裁判官だけが法廷証拠を握れば、いかなる改変・工作も思うまま、したいままだ。−−(ちなみに、安宅の金沢地裁・名古屋高裁金沢支部の法廷資料は、「隠滅・無くなってしまった、とのこと」(金沢弁護士会を通じて入手しようとして、このことを知ったのだが、呆れる)。
 こと司法・法曹の世界においては、日本は「野蛮国」まのだ。
 
 モンテスキュー『法の精神』第一部・第13章「日本の法律の無力さ」に、こうある。
 「賢明な立法者なら、刑罰と褒賞との正しい釣り合いにより、また、それに見合った日本の哲学や道徳や宗教の格率により、名誉の規則の正しい適用により、恥辱の苦痛により、いつも変わらぬ幸福としみじみとした平安との享受によって、人心をよみがえらせるようつとめたであろう。
(中略)しかしながら、専制政治はこのようなバネを全く知らない。それはこうした方法によって〔人心を〕導かない。それはみずからを乱用することはできる。だが、それがそのなしうるすべてである。日本では、専制政治は努力したが、専制政治そのものより残酷になった。
 いたるところでおびえさせられ、いっそう残虐にさせられた魂は、より大きな残虐さによってでなければみちびかれえなくなった。
 これが日本の法律の起源であり、その精神である。しかし、その法律は力よりむしろ怒りをもった。それはキリスト教を壊滅させることに成功した。しかし、このような前代未聞の努力はその無力さの証左である。」
 
 部分引用だが、「裁判資料を裁判官が、かってに工作する」国が、あっていいものか。
 今は、江戸時代でもなければ、太平洋戦争中でもない。
 
 ナチスに追われ、故国ドイツを脱出した作家トーマス・マンは、1934年10月1日の日記に、
 「『ル・タン』紙上の、ヒトラー主義の『二枚舌』についてのドルメゾンの論説は、明快な好文章だ。」と前置きし、
 「ドイツ国会議事堂炎上事件、6月30日の事件、7月24日の事件、〔ヒンデンブルクの〕遺書のこと、それにまた、危なっかしい哀れなドイツ国民がどんなシニカルなデマや欺瞞でも受け入れてしまうあの薄気味悪い軽信ぶりを、歯に衣着せず詳論している。これ以上率直かつ適切な発言はない」(『トーマス・マン日記』紀伊国屋書店・1985刊)
 この1日前(9月30日)には、こう書いている。
 「その暴力は、復讐を受けたり、償われたり、罰せられたりすることなく、いっさいの正義心を粉砕してしまうその言語道断な勝利の上に乗っかって(以下略) 
 
 私は、フルフォード氏の提言を、〔日本の裁判を正す国民運動・国民会議〕として捉えたい。
 これまで「法廷での当事者録音」を許可せよ、と訴え、闘ってきた「裁判を正す会」代表・冨嶋克子さんとともに、闘いを続けたい。
 現下の日本は、太平洋戦争末期そのまま、国民を盲目に、マインド・コントロール漬けにして、強者によって弱者がゴリ押しされている。
 働きざかりの庶民をふくめて、自殺者・3万人突破とは、なにごとか。江戸時代にも、太平洋戦争末期にもなかったことだ。
 為政者たちの都合に合わせて「司法が腐敗している」のだ。
国法がふみにじられていて、「大本営発表」の頃と、おなじ状態にある、といっていい。
 フルフォード氏著『日本マスコミ「臆病」の構造』(宝島社・2004年11月刊)が、そのことをつぶさに書いている。
 ヒトラーに飼い慣らされている母国ドイツの人々を憂うるトーマス・マンの思いは、歴史の彼方のことではない。
        「人物研究」第15号・平成17年6月10日刊
 
 〔解題〕−−「人物研究」は、年2回刊。ーー安宅は、
      第9号ーー「今、大石誠之助を考えるー無実、誤審をどう拭うのか」
      第10号ーー「裁判所という、この無法地帯」
      第11号ーー「続、裁判所という、この無法地帯」
      第12号ーー「続・続・裁判所という、この無法地帯」
      第13号ーー「民事裁判の不法性」
      第14号ーー「5円コピーと100円ショップで無法裁判に勝つ」
    と、「自分の災難ーー無法裁判」を、連載中。
    ほかの誌ーー詩誌「長帽子」、「笛」、タウン誌「ジュルナル21・金沢」
    文芸誌「抒情文芸」等に、5年越しに発表している詩・文章があります
 
  今号は、金沢弁護士会に、4月23日提出の「弁護士懲戒請求」のための
 書類から、冒頭の裁判詩「最高裁の傘の下」と、それに付言した部分を掲  
 載しました。
 
  2002年4月、安宅著『日本百名山の背景ーー深田久弥・二つの愛』(集
 英社新書)が出版され、金沢で、友人知人・マスコミの取材など、嬉しい出 
 版記念会がありました。
  それに合わせて、安宅が契約したN弁護士からの連絡、「供託金300万円の返済のことも含めて話をしたいから来い」とのことで、安宅が、友人知人と「事務所」に出向きました。
 その際、安宅は、「なぜ、最高裁に〔安宅が直接持参した、強制執行停止の書類が無効〕だったのか」と、詰問しました。
 すると、N弁護士は、「それは、〔安宅の名前にしてあったからだ。代理人である自分N弁護士の名にしてなかった〕からだ」との、返答でした。
 
 安宅は、人生において、かくもひどい仕打ちを受けたのは初めてです。
 
詩「最高裁の傘の下」を、味読してくださったかたには、くどくなりますが、N弁護士が、「金沢裁判所近くーー市の中心部から、安宅が、いかに急いでも、朝一に出発したところで、東京・隼町の最高裁まで、午後五時までにたどりつけるはずがない。」と、あまく見たのが彼の「運命の分かれ目」でした。
 実際、朝一とはいえ、10時近くでしたから。
 「もう、まにあわないのに、行くのかね?」
 「はい。東京の支援者が、首をのばして待ってるのです」
 こう言って、安宅は、
 「先生、どうも有難う!」
 と、N弁護士の手を握り、脱兎のごとくNの「事務所」をとびだしました。とびだす寸前に、チラリと後ろを見たら、何か〔不審な・心配な〕表情を、Nが浮かべたのが忘れられません。
 
 
 「裁判を正す会」のなかま、SさんからFAXがとどきました。
安宅の金沢弁護士会に出した「N弁護士・懲戒請求書」全文を、Sさんにも見て欲しくお届けした、そのご返信です。
 Sさんも「東京弁護士会」に弁護士懲戒を出しておられます。
 
 「前略、ヤフーのペイジ開けて見ました(注1)。これを生かして行けば、社会的影響力が強くなるとおもいます。
 弁護士仲間の談合について、パロデイにして入れて見たいと思います。
 K地裁において、安宅さんの代理人であるK弁護士会のN弁護士が、地代も払い(注2)、建物の登記も為し、固定資産税も払って、借地借家法の完全なる保護を受けている不動産を、底地だけ担保に取っているK(株式会社)の代理人弁護士と共謀して、公正なる裁判官を誑かして(注3)、その物件を、詐害行為によって不法取得したことは、弁護士が共謀すれば法治国家でなくなるとの現実を露呈している。
 弁護士会が、その弁護士を庇護すれば、社会正義は日本に存在しない。
 弁護士会が弁護士法に従って、人権の擁護と社会正義の実現に努めてもらいたいものです。
 
〔コメント〕
 (注1)ヤフー、グーグルなど、インターネットのこと。思えば、10数年前には、ビル・ゲイツーーパソコンの「ワードの世界・HPの世界」など、影も形もありませんでした。
 いまや、〔ほりえもん〕事件で、おおかたの、いや、日本人全部に周知となったとうり、廉価になったパソコンによって、「マスコミや、メデイアに救済されない庶民」が、つながりだしました。
 裁判の当事者が高齢化し、「無念の最期」をぞくぞく遂げてきたのが、パソコンを小・中学校で学び出した孫たちが、
 「おばあちゃん、おじいちゃんの仇を、ぼく(あたい)が、取ってあげるからね!」
 と、現実に、気持ちをかためています。巨視的に見れば、「日本の裁判世界は、国民から、すでにソッポを向かれていて」瓦解しつつあるといえます。
 (注2)「地代」と相殺の「貸借証文」を、安宅が、N弁護士に「証拠品」として渡した際、Nは、「これがあれば、〔地上権〕と、計二つ、決定的ポイントだ。楽勝ですよ!」と、請合いました。「ただし、裁判はみずものだから」と、つけくわえましたが、この、あとの「ただし」が「くせもの」でした。
 ちなみに、この「貸借証文」を、あとで「返還」をもとめたところ、Nは、「返した。ぜったいに返した」と言いつのり、安宅の手元に戻りませんでした。
 (注3)安宅の「地上げ事件」の担当判事・Wは、名うての悪玉。
 「裁判を正す会」西田頼江さんの大著『黒衣の犯罪集団』にも登場しています。安宅の家(元・加賀藩家老・奥村邸跡地に建つ)は、安宅の家に、不意打ちに「仮処分」を請求した「原告代理人」とW判事の共謀でのスタートでした。
 名古屋高裁金沢支部の控訴審で「地裁判決は誤判」となりましたが、なんと、ここに安宅と契約したN弁護士が「依頼者」を、なんとしても負かせよう、と「詐害行為」をとり、そのハイライトが、「裁判詩 最高裁の傘の下」です。
 弁護士同士が、裁判官の楯となる、あるいはバリアーをつくり、当事者と裁判官の間を隔てる、というのでは、困ったものです。
 インターネットは、正しいもののための、「文明の進化」です。
 「シンクロ二シテイ現象=共時性ぶり」が、「時の言葉」となっています。
 F・D・ピート著・朝日出版社刊の同題の著から引いておきます。
 「(略)シンクロ二シテイは、自然界のできごとと聞いてわたしたちがふつう連想するような、さまざまの力の因果関係を通じてではなく、宇宙の底によこたわるさまざまなパターンから生じるものーー(心理学者)ユングは『非因果的連結原理』とよぶ=ユングによるシンクロ二シテイ現象の定義ーー@「因果的には無関係でありながら、同じあるいは似通った意味をもっている、ふたつあるいはそれ以上のできごとの、時間的な一致」 A「創造的行為」 B「非因果的な、複数の事件の並行的生起(パラレリズム)」
 すなわち、「もう戻れないないほどの悲惨に、パラレルになって希望の芽が伸び出している」というわけです。
 「正に、宇宙の神の、確かな手と言える、タイミング良い電脳時代の到来」なのです。今、「無法裁判・裁判被害・禿げ鷹弁護士に襲われている人・鴨ねぎにされて、みぐるみはがれた人」も、勇気をうしなわないように!
 
 
 裁判が腐敗しているのは、日本だけではありません。メデイアが報道しているところでは、中国、東南アジアが圧倒的です。
 日本は、先進国ぶってますが、司法・法曹(検察・警察をふくめて)の実体は恐るべきです。もはや、信頼をうしなってしまっていて、このままでは、「地すべり的に自己破壊する」のではないかと思うほどです。
 
   
 「金沢弁護士会・懲戒委」から、「直接聞きたいから、日程調整のうえ、来会のこと」と、連絡が来ました。
 次回は、金沢から戻って、その様子を御報告します。
                     (平成17年6月18日)