2015年08月23日

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生まれたところを見てきました


 総合バスターミナルの30〜40ある窓口でキップを買うのが一苦労で、A4サイズのノートに「行く先」を書いて用意しました。発音も難しく、タクシーの運転手に何度も直してもらいました。日本語にない発音があるそうです。


目 次

● 釜山→光州→霊光→大馬面

 約7年ぶりのプサンでしたが、活気がなくなっていました。建物は古くなり、一層、ごみごみした感じでした。光州から霊光ののどかな田園風景は吹き飛んで、細い、高さが揃えられたアパートが群立して、車窓から景色を楽しむ風情は消失していました。プサンも同じですが、高速道路が行き交い、時間は大幅に短縮されましたが、息が詰まります。

 光州で二泊の予定でしたが、学会があっており、ホテルがとれませんでしたが、高速道路がたくさんできたことで、日帰りができました。
 光州は美しく街並みが整備されて、文化の町に相応しい景観でした。近大中氏が大統領になったことの
「政治力」を目の当たりにしたおもいがしました。

 霊光から大馬面(元興里)にはタクシーにしました。驚いたことに車が素晴らしく立派でした。トヨタのクラウン並みでした。プサンのそれは二ランク落ちます。すぐ近くまで高速道路ができて、さらに新しい道路工事をやっていました。

 父はここで農場を経営していました。周囲は見渡す限り青々としており、話に聞いていた「当時の面影」が残っていました。最初で最後の見納めに間に合いました。1〜2年後には、ここにもニョキニョキとアパート群が建つことでしょう。

 とにかく、上にしかのびることができないから、その中に納まらないといけないのだから、韓国は大変だと思います。どこも同じで、都会のプサンと田舎の霊光では人相が違って見えました。

 それでもプサンでも光州でも霊光でも、バスの運転手もタクシーの運転手も親切で、スーツケースを次の乗り物まで運んでくれました。それでも緊張していて、カメラは持って行ったのですが、1枚も撮る余裕はありませんでした。

 あっちもこっちも高速道路。川にも海にも橋が架かり、凄まじかったです。
 留守中、植木の水やりと猫に餌をやってくれるように頼んでいた近所の人に、お菓子を1つお土産にと、まだ決めてないのに、「ウオンでなくても日本円でいいからね」と言って、どんどん紙袋に入れて、「当店では買ってくれた人に、水かドリンクをサービスすることにしている、どっちがいいか」にはまいりました。とにかく凄まじいの一言につきます。

 しかし、他国のことと安心はできません。日本でも穂高・上高地・立山では山の上を高速道路が縦横無尽に交差して、韓国の高速道路と同じ状況です。もう、10年も前にこの光景を見て唖然としました。青春の思い出は思い出の中のみになりました。大正池の白樺の木も枯れて根こそぎ姿を消していました。そうなると「ただの池」です。いい時に生まれて、よかったと思っています。

 生きている間にしておきたいことをし終えて、これからはコツコツ書面を完成していきます。やれるところまで、焦らずにやります。

 

 

● 光州→釜山(高速バスのチケット)

窓口で印をつけてくれます。

 

● 人間みなチョボチョボや

小田実先生はこうも言っておられました。

 

■ 2015年(平成27年)8月19日