2015年08月10日

 

706

冨嶋克子殺害失踪偽装工作
(人体実験隠蔽の口封じ)

墓標

親子三人
両親と兄
茂の家族


2015年(平成27年)7月7日
父茂の97歳の誕生日

 

 
目 次
 

● 2015年7月7日 納骨式のやり直し

 

 

 6月29日(月)、甲府市上今井町の「浄土真宗本願寺派の浄恩寺」に電話して、「7月7日午前10時に、墓前で、お経をあげてもらう約束」をした。住職は「千代田霊苑には何回か行ったことがある。わざわざ来なくてもよい」と言われたが、前日(6日)、午前10時に打ち合わせを兼ねて、お寺に「ご挨拶」に行くことにした。

 7月3日(金)、幸町南庁舎4Fのシルバーセンター「墓地の草抜き」を依頼した。折り返し、事務方から「担当者が2人、車で墓地に確認に行ったが、綺麗に抜いて、抜く草は1本もなかったと報告があった」旨の電話連絡があった。私が6日午前中に墓地に確認に行って、午後1時〜2時の間に、シルバーセンターに報告に行くことにした。

 7月4日(土)、浄恩寺と同じ上今井町の四季彩(THE FLOWER HOUSE フラワーはうす)に「7月7日のお墓の花の飾りつけ」を予約する。3日は5〜6回電話するが、連絡が取れなかった。「去年と同じ感じで、花を飾ってくださればよいです。去年と同じで、紫陽花(父が一番嫌いな花だった)は除いてください」と依頼する。代金は「当日午前9時に、現地でお支払します」と言った。花屋の奥さんは「また千代田霊苑さんに預けてもらって、(お支払は)後日でいいですよ」と言われた。冨嶋は「千代田霊苑を介さなくていいです」と言った。奥さんは「そうですか」と笑った。

 7月5日(日)、山陽新幹線・東海道新幹線・北陸新幹線・小梅線・中央本線と大回りして(半日がかりで)、甲府に「スーパーあずさ」で着き、駅前の東横インにチェックインして、昨年9月に来たときに、名刺をもらっていたタクシーの運転手に、翌朝9時30分に迎えに来てくれるように予約の電話をした。

 7月6日(月)、住職に面会した。

 冨嶋   こちらのお寺にも墓地があったのですね。インターネットで「富士山」で検索すると、千代田霊苑が出てしまい、出てしまいというのは可笑しいですが、失礼いたしました。
住職   富士山で検索すると、それは千代田霊苑が出ますよ。仕方ないですよ。 
 冨嶋  地元でないから、花だけ飾って、お坊さんを呼ぶことは考えていませんでした。
 ですが、千代田霊苑の社長が納骨式ですから、お坊さんに来てもらいましょう。宗派はどこですかと言うので、「確か、浄土真宗です」と言うと、
「浄土真宗はあったかな」と言うのです。それを聞いたとき、おかしいと、少し気づきました。
 お布施も相場があるから、不都合があってはいけないと、前日、わざわざ、千代田霊苑管理事務所に行っているのに、
「明日でいいです」と言って答えないでおいて、当日、同事務所で、応対に出た部長が納骨式(2014年7月7日正午)の10分前になって「火葬許可証云々がないから、納骨できない」というのです。今になって、何を言っているかと、私は「1万円しか入れてませんよ」と言って、お布施を入れた封筒を部長の手の中に叩きつけて渡すと、部長はすんなり受け取り、社長がいる隣の部屋に持って行きました。よもや、私がお布施を出すと思っていなかったから、肩透かしを食らったのだと思います。事務所の外に出て待っていると、部長は気落ちした声で「では、行きますか」と、急勾配の坂道を車で墓所まで案内しましたが、お坊さんはいませんでした。それから未だに「そのお布施の1万円」を返しません
 今回は○○万円のお布施を用意してきています。後日、千代田霊苑の社
長が言ったように「甲府では、納骨のとき、お坊さんを呼ばない風習」ですか。
 住職  そんな・・・バカな! 

 お坊さんを呼ぶことにしたもう1つの理由は、(1)当時、まだ、九州大学の人体実験の背景の全貌を、自信を持って、社会に訴えるほどには把握できていないこと、(2)それに両親と兄の3人のお骨を持って行かないとならないから、「有難いが、今回はやめて、次回にしてもらいたい」と言ったが、「裁判を正す会」の会員の鎌倉の新井登喜子さんが「今回、どうしても、お詣りしたい」と言われたこともあった。
 「地元でないから、現地集合で、納骨後、何のお構いもできないで、そのまま帰ることになる」と言ったが、新井さんは「それでもよい」と言ってきかなかった。それ以上、拒否することはできなかった。

 親子が1つのお墓に入ることが、終戦後、韓国から引き揚げてきて、苦労した「両親の長年の念願」だった。だから、お坊さんを呼ぶとか、娘の私がお墓詣りをするとか、そんなことは二の次だった。世間体とか形式はまったく考えていなかった。

 だから、昨年、納骨の報告をすると、「いいことをした」「お父さんに最高のバースデープレゼントだったね」と、たくさんの「お祝い」が届いた。

 アメリカ捕虜生体解剖の前科のある「鬼畜・獣(けもの)以下の九州大学」は、2人の男性を介して、新井さんから納骨の情報を得ると、新井さんを冨嶋に張りつかせ、千代田霊苑を使って「人体実験の訴え阻止の為の冨嶋克子の口封じ」を計略した。殺して、死体を隠すには、霊苑は格好の場所である。毒薬入り注射を使えば簡単に殺せる。九州大学が毒薬入り注射を準備するのは簡単である。

 些細なことに引っかからないで、九州大学の人体実験犯罪を提起する作業に専念する。九州大学の挑発(言いがかり)には乗らない。深追いしない。冨嶋はそのことを常に念頭に置いている。

 私は冨嶋茂・スエ子の「実の娘」で嫁ではない。お墓に飾る花も赤・ピンクの華やかなものにした。世間を憚る必要はまったくない。両親と兄の「親子三人」が終の棲家の「一つの墓」に入る。それが三人の唯一の幸福であり、残された私の使命である。

 それから、墓地に行った。お墓ぎりぎりに両隣のまだ売れていない空地があり、そこには草が生い茂っていた。当方のお墓の床は全部石造りだから草が生える隙間がなかった。私は少し(3p〜5p)は隣地と境界の余地があるものと思い込んでいた。

 シルバーセンターに報告に行って、担当者に「ここでは納骨のとき、お坊さんを呼ばないのですか」と聞くと、「そんなことは聞いたことがありません。大変ですね。お気をつけて」と言われた。誰もが、私の身の危険を案じてくれた。

 金沢の西田頼江さんがひどく心配して「一人では危ない」と、お墓詣りに同行してくださることになった。
 湯村温泉郷→千代田霊苑→千代田湖→昇仙峡と、山の急斜面を切り開いて墓地がある。墓所には車でないと歩いては苦しくて行けない。心筋梗塞で冠動脈にステントが4本も入っている西田さんには、車でも「大丈夫か」と危惧される。

 お寺にご挨拶に行く約束があり、甲府駅にお出迎えできないから、落ち合う場所を「湯村温泉の常盤ホテル」にした。西田さんの心臓が心配で6日・7日と2日続けて泊まることにした。日本で3番目に美しい庭園があり、閑静で、のんびりできる。
 私が着いたのは午後3時過ぎだった。西田さんは一風呂浴びて横になっておられた。お元気そうで安心した。
 佐久平の駅で買った「善光寺のお酒」と西田さんからの「加賀の銘菓のらくがん」を床の間に供えて、西田さんは葡萄のジュース、私はワインで乾杯した。西田さんはらくがんを親子三人に各一箱づつ用意してくださった。そのお気持ちがありがたかった。

 7月7日(火)午前9時少し前に前日のタクシー運転手に迎えに来てもらい、墓地に送ってもらった。千代田霊苑管理事務所前に5人〜6人の青い作業服を着た男が後ろ向きにたむろしていた。田澤博文施設管理部長だけが、こちらを向いて、タクシーの中を窺っていた。部長以外は霊苑の人間ではないだろう。一年経っても、この仰々しさは何か。
 中腹のところでタクシーを降り、墓所に向かっていると、反対側から花屋のご主人がやって来られた。
 花が飾られて、私が西田さんに「左のあれが富士山で、前が南アルプス、右の隅が八が岳です」と説明すると、花屋のご主人が「いいえ、八が岳は右斜面の反対側です。ここからは見えません」と訂正された。2年前、私が初めて霊苑を訪れたとき、田澤部長が「右の端が八が岳です」と嘘の説明をしていた。今回来るとき、佐久平から小梅線で「八が岳高原」を走り抜けて、中央本線の小淵沢に出て甲府に着いた。だから花屋のご主人の説明が正しい。花屋のご主人は「こんど来られるときは連絡してください。河口湖にも良いホテルがありますから、うちの車でご案内します」と言って、花で飾られたお墓を携帯で数枚撮って帰られた。
 お坊さんが来られるまでかなり時間があるからと、西田さんがステントが4本も入っているとはとても思えない朗々とした声で、賛美歌をうたい、般若心経を唱えてくださった。「あれなら、管理事務所の前にいた連中にもしっかり聞こえましたよ」と言われた。




 午前10時数分前、住職ではなくて、インターネットをすると聞いていた、息子の方の細身のお坊さんが、管理事務所前の駐車場に車を置いて、坂道を徒歩で登って来られたのだろう、息を切らして、小走りにやってきた。管理事務所前にたむろしていた青い作業着の男たちに脅されたか、睨みつけられたのだろう、顔色が悪く、怯えているふうだった。すぐに「か細い声」でお経を唱え始めた。私は全身の神経を集中して、耳を澄まして「以前、自宅で聞いていたお経と同じお経であること」を確認した。

 西田さんがすっとお坊さんの傍まで寄って出られた。父が「男がしっかりしろ」と気合を入れる。母は笑っている。そんな光景だった。
 午前10時30分に迎えを頼んでいたが、タクシーの運転手は10分前に来て待機してくれた。
 お坊さんは御勤めを終えると、挨拶もそこそこに、着物の袖を左右にフリフリ飛び跳ねるように走って帰って行った。

 ホテルに戻ると、昼過ぎまで横になり、お風呂に入り、庭を散歩した。去年の厄払いをして、夕食時には肩の荷がおりていた。

冨嶋    おかげさまで本当の納骨ができました。去年は納骨後、帰りの電車の時間がないのに、新井さんが遮二無二、名物の「ほうとう」が食べたいと言うので、私が「団子汁ですか」と言うと、新井さんはすかさず「いいえ、うどんです」と言いました。「支払いは、新井さんがしてくださいね」と言ってやりました。
 西田   余程、腹が立ったのね。(自分では無意識だったが、そうだったのだ。)
冨嶋   西田さんに来ていただき、やっと区切りがつきました。私一人だと駅前のビジネスホテルに泊まって帰っています。 
西田   それでは疲れがとれない。こうやって、二人でのんびりできてよかった。それに不思議でしたね。一瞬、富士山が見えましたものね。お経が終わったら、雨がポツポツ落ちてきて・・・本当に不思議でしたね。
 今日、お詣りして、この墓地に決めた「あなたの気持ち」がわかりました。
 
冨嶋   こうやって、西田さんんと二人で納骨するようになっていたのですね。
 西田   そうね。

 7月8日(水)午前9時40分、タクシー運転手は「出勤日でないから」と、ご自分の車でホテルに迎えに来てくれた。彼は元カーレーサーだった。私は車のことはよくわからないが、後のシートに座った瞬間、これは「走る車」だと思った。レーサーの服装もよく似やった。スピードの世界に生きている人間だから「時間」にシビアだったのだ。
 花屋さんも、お坊さんも、3人とも几帳面な方で、懇意になり、これからは安心してお墓詣りができる。

 午前10時42分甲府発の身延線「ふじかわ6号」で静岡(午後13時01分着)に出て、東海道新幹線の「ひかり」に乗り換えて、名古屋まで行き、そこでお別れして、西田さんは在来線で金沢に、冨嶋は「のぞみ」で小倉まで行き、後戻りして、下関に午後7時前に帰った。

 疲れはまだ残っているが、気持ちは楽になった。富士山を見、南アルプスの山々に囲まれて、親子三人でいるかと思うとほっとする。

 結局、表面上は、去年2014年(平成26年)7月7日、千代田霊苑が冨嶋が考えていなかった罠「予定外法事」を仕掛けて、書類送付ご案内納骨式(7月7日)法事も承りましたので、お気をつけてお越しくださいませ。」(証拠)をfax送信しておきながら、お坊さんを呼ばないで、冨嶋が用意して行った「お布施一万円を返さない千代田霊苑犯罪」だけが残った。

 しかし、一年経って、改めて、2014年(平成26年)7月7日の「納骨式当日のドタバタ劇の各場面」を1つ、1つ検証すると、自分が抱いていた疑惑が本当(真実)だったと確信した。

納骨拒否の墓に花を飾らせて代金を立て替え払いする
疑惑(犯罪臭)
何でそんなことをする必要があったのか


冨嶋克子殺害と失踪偽装工作のため

 九州大学は千代田霊苑に(1)冨嶋を殺害させて、(2)霊苑内に死体を埋めて、(3)失踪を装って、(4)冨嶋克子の口を封じる。
 冨嶋を殺して口を封じることでしか、国際刑事裁判所管轄の人道に対する罪「人体実験犯罪」を隠ぺいすることができない。九州大学が最後の手段に出たのだった。
 九州大学の人体実験は国家プロジェクト(巨大利権)「産学官連携の治験ビジネス」の一環であるから、後は検察・裁判所が国家権力の職権で「冨嶋の訴え」をつぶしてくれる。

 冨嶋は「お墓の支払い」を全て「銀行振り込み」でやっている。それでいて、支払いを全額受け取っている千代田霊苑が、僅か「1万円のお布施」を騙し取らなければならない理由もメリットもない。営業上の信用がガタ落ちするだけである。そんなバカなことをするはずがない。

 金目当ての犯行なら、お坊さんを呼ばないで1万円をものにしたのと同じ手口で、花屋にお墓に花を飾ってもらうことなく、金額の大きい方の5万円も手に入れている。

 納骨拒否は「納骨式(7月7日)の法事」をさせないことであり、花屋とお坊さんの両方とも必要ない。だのに、千代田霊苑は、(1)花屋には「納骨拒否をする墓に花を飾らせて、冨嶋が来なければ戻ってこない5万円を立て替え払いして、(2)お坊さんを呼んでいないのに、冨嶋が持参したお布施の1万円は猫糞(ねこばば)した。実に奇怪である。

 納骨拒否を決め込んでいる墓に花を飾る必要はない。
 だのに花屋に花を飾らせて代金を立て替え払いしたのは
「冨嶋失踪偽装工作」に使うためだった。これが九州大学が目論んだ「犯罪の青写真」である。

 (1)失踪を偽装する犯罪の材料に「花代金5万円の領収書」は必要であるが、(2)殺して失踪したことにする「冨嶋が持参したお布施」があっては不都合である。

 犯行に加担した者らは「人間の仮面」をつけている。だから、まさか、普通の生活をしている人間が、しかも顔見知りの人間(身近な人間)が、報酬(金・厚遇)と引き換えに「殺人」をやるだろうかと迷った。しかし、

 シンプルに考えると、真相(真実)解明は簡単である。

 (1-1)  花屋はお墓に花を飾るだけで、お坊さんが来ないことを知らない。 
 (2-1)   お坊さんを呼んでいない。
(3-1)  納骨拒否(法事をさせない)
 (1-2)  納骨をさせないことに決めているお墓に花を飾る必要はない。しかし、冨嶋の依頼した条件(紫陽花とひまわりは除ける)の通りに、花屋にお墓に花を飾らせて、千代田霊苑は領収書の宛名を「冨嶋」にして、代金を立て替え払いした。 
 (2-2)  納骨をさせないことに決めているから、お坊さんを呼ばなかった。
(3-2)  納骨拒否をしておきながら、冨嶋が持参した「お布施の1万円」は受け取って返却しない。 
 (4)  九州大学の犯罪計画:千代田霊苑は納骨式の法事の準備「(1)花屋にお墓に花を飾らせて、(2)お坊さんの手配」をして待っていたが、(3)冨嶋は失踪して千代田霊苑に現れなかった。

 それでいて、冨嶋を生きて帰すことはしない。

 お墓に花を飾り、お坊さんを手配をして、納骨式の法事の準備をして待っていたが、冨嶋は千代田霊苑に現れなかった。捜査機関と示し合わせて「失踪」で処理して一件落着とする。

 九州大学の人体実験を暴き出す「冨嶋克子の口封じ」を狙った犯罪である。人体実験は「人道に対する罪」で国際刑事裁判所に訴えることができる。日本国内の「検察庁の告訴状受理拒否・不起訴処分」と「裁判所の門前払い判決・不当判決」で、訴えをつぶして、犯罪を闇に葬ることはできない。

 治験を騙る「産学官連携の人体実験プロジェクト」は「親方日の丸の巨大利権」である。元帝国大学の九州大学は「官(国)」がついているから、何をやってもまかり通ると、患者と家族の殺害に狂走する。「人体実験」も「人体実験犯罪を追及する被害者家族の口封じの殺人」をやっても、官「裁判官(司法官僚)と検察官」の「国家権力の職権(職権の蓑を着せた国家権力)」で訴えを抹殺できると踏んでいる。
 司法が腐ると恐ろしいことになる。世界中から「正義の通らない国と揶揄されてきた日本国」が行き着いたのが、産学官連携の国家プロジェクト「国民をモルモット代わりに直接実験材料にして、手っ取り早く、簡便に金を稼ぐ治験ビジネス」である。人間国家ではない。国民殺戮国家である。


http://www.jp-guide.net/manner/na/noukotsu.html

■ 納骨式の準備
 
日程を決め、お寺の手配、謝礼の用意、食事の手配などを行います。

■ 現役時代の西田頼江さん(声楽家・ピアニスト)

■ 西田頼江さんと伴奏する妹さん(本業は画家)


 
 

● 去年の冨嶋殺害を狙った納骨式つぶし

 

 

1 2013年(平成25年)8月26日、インターネットで「富士山の見える墓地」で検索すると「千代田霊苑」が出た。
 母の死後、父が「お墓」を購入し、父の死後、私がお世話になったお礼に「下関市内のお寺の納骨堂」を購入していましたが、お墓は「○○家」にするようにデザインが一律に決まっており、納骨堂は父が嫌っていたりで、どちらも満足できなくて、日本人だから、やはり富士山が見えるところがよいと考えました。
 これまでは、お墓にも納骨堂にも納骨しないで、自宅の床の間の仏壇の前に、葬儀社がやってくれた「骨壺を入れた木箱を布で包んだままの状態」で置いていました。
 お墓に納骨しなかった本当の理由は、母と兄を真っ暗なお墓の中に閉じ込めるのが可哀そうだったからですが、父が亡くなり、最後に残ったのは私一人で、どうしても納骨しておかなければならなくなり、だったら、日当たりのよい、景色の美しいところにと考えました。
 家族の幸せを独り占めにしてきた私は、どこで野垂れ死にしてもかまわないと思っています。両親と兄が迎えに来てくれるので、死の恐怖はありません。


 特徴:供養墓、仏壇・仏具、葬儀・法要、相続・遺言、僧侶のご手配まで一式(明記)

2 2013年(平成25年)9月3日、千代田霊苑(現地)を実際に見に行った。案内役は施設管理部長の田澤博文氏だった。中腹辺りの「9uタイプ(区画番号 E-ホ-11F)」が気に入った。田澤氏は「年間管理料を3年間分45万円を一括で支払ってもらうと、永代ではなくて「永久」ということで、子孫が途絶えても、墓石を撤去することなく、当初のままにしておくことができます」と説明した。いち早く独身の冨嶋の足元を見て取った。


3 2013年(平成25年)9月9日、契約書に第18条として「永久使用条項(永久管理)」をつけてもらって、正式に契約した。「墓所使用申込書」に必要事項を記載して、提出を求められた「住民票一通」を添付した。
 2014年7月7日正午に予定した納骨式10分前までに、千代田霊苑から「上記以外のものの提出」を求められたこと(事実)はない。

管理事務所からのお願い
 「1
.法事(納骨等)の際は、事前にご連絡をお願いいたします。お寺様、墓参拝客様に尋ねられた場合、ご案内する事が出来ません。」

 カトリックでも納骨のときは神父様がミサをあげる。つまり、納骨に際して、お坊さんを呼んで、お経をあげてもらうから法事である。

 
参考四十九日の法事は、お墓納骨することが多いため、お坊さんを呼んでお経をあげてもらうのが普通のようです。お坊さんをお願いするとなった時には、四十九日の法事の時のお布施が基本料金となってきます(インターネットから引用)。

4 2014年(平成26年)4月23日(水)、お墓の完成状態を確認して、支払いをすませることにした。午前9時、霊苑に着くと、田澤政夫社長だけが出勤していた。7月7日、父の96歳の誕生日に納骨する旨を伝えた。

田澤社長  宗派はどこですか 
 冨嶋 お坊さん、お経はいいです 
 田澤社長 納骨式ですから 

 非難の響きがあった。冨嶋は内心、「墓地経営」と「お寺」は商売上いろいろあるだろう、お布施を数万円包めば済むことだからと考えて、むげに拒絶するのは止めて「確か、浄土真宗だったのでは」と答えると、田澤社長は「浄土真宗は甲府にあったかな。いや、さがします」と言った。自分から言い出しておいて・・・一瞬、疑念が生じたが黙っていた。

 田澤社長は「納骨式ですから」と言っておいて、お坊さんを呼ばないで、納骨式をつぶした。すでにこの時点で犯罪計画「冨嶋を殺して、冨嶋失踪を偽装する」ができていたことを裏付ける。
 冨嶋殺害報酬の大金が入ると浮足立って、不信を抱かれることになるだけの「浄土真宗は甲府にあったかな。いや、さがします」の無駄口を叩いて、上手く「殺人計画に嵌めることができた」とルンルンだった。

 お骨を無事、お墓に納めるだけで精一杯で、納骨式などといった仰々しいことは荷が重かった。「まさか、甲府に浄土真宗がないなんて」と思ったが、その時は「浄土真宗がない方」が好都合に思った。

 胡散臭い田澤社長は振り返りざまに狡い目で冨嶋の顔を覗き込むように見て、唐突に「あと30年は頑張ってもらわないと」と言った。・・・何でだ?
 冨嶋
「あんたより、私が長生きすればいいのだ」と聞き流した。おかげで、冨嶋は「何が何でもあと30年は生きるぞ」の生きる目標ができた。西田さんと「西田さんはあと20年。私はあと30年。頑張って生きましょうね」と誓っている。

 上の写真が千代田霊苑管理事務所
いつもいるのは社長・部長・デザイン担当の深澤めぐみの3人

 納骨式(7月7日)の法事も賜りました

 お坊さんを呼ばないで、花屋の手配だけなら、冨嶋が甲府駅のコンコースに行く階段下の花屋で鉢を買って持って行く。そのつもりだったのを、田澤社長がに嵌めることを言ったから、おかしなことになった。

 建墓代金の490万円は誤数字。正しくは450万円だった。2014年(平成26年)4月25日(金)、午前9時過ぎに電話すると、田澤社長が出た。「明日が土曜日ですから、これから銀行に行って振り込もうと思ったのですが、金額が違います。確認して、請求書を再発行されるのなら、振り込みは来週の月曜日になりますが、どうされますか」と言うと、田澤社長は「お宅の言われる金額でいいですから、今日振り込んでください」と金切声をあげた。株式会社なのに帳簿がないのか。それ程、金繰りが悪いのか。だが、お墓が完成しているから「まあ、いいか」と、西中国信用金庫本店から振り込んだ。冨嶋は田澤社長が「訂正した請求書をfaxで送信する」と言うものと思っていた。

 金に汚い人間、卑しい者は「人を殺してでも、金が欲しい。金のためなら、平気で人を殺す」ということに、気がつくべきだった。

 平成26年(2014年)4月23日付「書類送付ご案内」は2つの証拠効果がある。★1つは犯行が計画通りに進行した場合で、花屋にお墓の花を飾らせ、お坊さんを手配して、納骨式の法事の準備をして待っていたが、冨嶋は千代田霊苑に現れないで失踪したことにすることができる。★1つは計画通りに犯罪を遂行することができないで、冨嶋を生きて霊苑の外に帰した場合、冨嶋殺害を仕組んだ「罠」であったことを裏付けることになる。

 昨夜(2015年・平成27年8月8日)になって、田澤社長が金切声をあげた理由がわかった。40万円をふっかけたことで、契約破棄になったら「元(450万円)」「子(冨嶋殺害の報酬)」もなくなるだった。





 下り 身延線(静岡→清水→富士→富士宮→甲府)

 特急(ワイドビュー)ふじかわ1号
 
静岡(始発)816→富士844→富士宮856→甲府1028

 下り 中央本線(新宿→八王子→甲府→小淵沢→松本)

 午前10時台の甲府発着の「あずさ」は以下の2本のみ
 
特急あずさ7号 甲府1014 甲府1016
 特急あずさ9号 甲府
1037 甲府1039

 新井さんは清水の実家で一人暮らしをされている病身のお姉さんを心配して、週末には、実家に出向いて過ごすことが多かった。静岡の次が清水駅、その次が富士駅。この辺の車窓から見る富士山は本当に大きい。雄大である。だから、甲府には身延線で来て、帰りは私と一緒に同じく身延線にすると言っていた。電話では「今、切符を買ってきた。横浜に出て、八王子を通って、甲府に行く中央本線というのがある」とくどくどと説明した。関東方面の大学を出た者にはわかり切ったことである。ほとんどの大学が夏季のゼミ合宿を涼しい信州でする。一般に遠くから来る者同士が落ち合う直前になって、予定を変えることはしないものである。保身から嘘を強調する。お姉さん同様、新井さんも以前経験した「建築業者・清水市相手の不当裁判」が基因で、体調が悪く、精神的にも不安定なことがあると聞いていたから、聞き返したり、突っ込んだ質問をすることは避けて、聞き流すだけにしていたが、それにしても、今回は異常である。バタバタし過ぎる。だけど、明日一日のことだからと我慢することにした。

冨嶋が来た痕跡消去
血相を変えて飛び出してきた2人は車に飛び乗った。
お骨とお酒をお墓の中に隠した。

立っているのが青木純一でしゃがんでいるのが田澤部長

 効果は花屋に対してしかない。タクシーの運転手が一部始終を見ている。タクシーの運転手に一部始終を見られたこの時点で「勝負あり」だった。テントも花を飾った後、正午に納骨式を執り行うと見せかける、花屋に対しての偽装工作だった。

 犯罪者(田澤博文・青木純一)に木箱の外からといえども触らせて、両親と兄には申しわけなかった。断腸の思いである。

 20分台はなかった。

 下り身延線の終着駅である「甲府駅着の時刻」は改札口に掲示しない。この時は時刻表をもっていなかったから、確信はなかったが、何となく、身延線の特急電車で1028」に着いて、時間稼ぎをしているのではと思って、人の流れをじっと見ていた。
 新井さんは
特急あずさ9号甲府着1037甲府発1039」の降車客群れから現れた。千代田霊苑から新井さんの携帯に「冨嶋が遺骨を持ってきて置いて帰った。駅に迎えに行くかも知れない」と連絡があったと思った。新井さんは冨嶋を見ても驚いた様子はなかった。しぶとかった。しかし、笑顔はなかった。本当の狙いがわからないから黙って様子を見るしかなかった。
 

 田澤社長も田澤部長も一呼吸も置くことなく、九州大学がつくった「犯罪の台本の順番通りの演技」を次々にこなして行った。まるで小学生の学芸会だったが、殺気があった。

 不可解なことの連続で、冨嶋は薄々身の危険を感じていた。こういうとき、冨嶋は腹が据わる。両親は若いころ質屋を営んでいた。繁盛して、中国地方で一番の店になった。お客の職業は多種多彩だった。やくざが「もっと金を出せ」と包丁を畳に突き立てると、引き抜いて「ひょい」と投げ返すような無鉄砲な父を見て育った。

 お坊さんが墓所で待っておられるだろうに「何をごちゃごちゃやっているんだ」と、冨嶋から手の中に一万円が入った「百円ショップで買ったお布施袋」を叩きつけられて、田澤部長が肩透かしを食らい、もたもたしている間に、冨嶋を管理事務所の外に逃がしてしまった。ここで冨嶋に害を加えたら、道から犯罪が丸見えである。もはや、墓所に案内するしかなかった。

 九州大学から言いつかった犯罪マニュアルには、冨嶋が「一万円しか入れていませんよ」と啖呵を切って、田澤部長の手の中に「お布施袋を叩きつける場面」がなかったのだ。

 納骨できないと言っても、タクシーの運転手に田澤部長と青木純一が納骨するのを見られている。
 犯罪(どこからの
「犯罪依頼」であるか)を自白して、一万円入りのお布施袋を返却してから、墓所に案内すればよかったのである。その時点で、お坊さんに連絡して、来てもらい、お経をあげてもらうこともできた。

 敵は九州大学で、冨嶋に千代田霊苑を相手にする気は毛頭ない。九州大学の人体実験犯罪究明作業の邪魔になるだけである。千代田霊苑の犯罪には目をつぶる。冨嶋はそんな心づもりでいた。

 冨嶋失踪を完全犯罪で終わらせることはできない。証拠がたくさんある。
 先ず、東横インのフロントが手配したタクシー運転手が証人である。冨嶋が特大のスーツケースに入れて持って行った「お骨とお酒」を、施主でない「青い作業着の千代田霊苑の男2人」「お墓に入れる一部始終」を見ている。
 東横インのフロントも「冨嶋の千代田霊苑往復の経緯」を把握している。
 菓子店(樹の実)も「冨嶋が甲府に来た目的と日程」を知っている。7日正午に納骨してその日のうちに自宅に帰るから、宅急便の到着日時を翌8日午前中と決めている。「これからもお墓参りに来た都度、お寄りします」と言っている。

 納骨はすんでいる。現場をタクシー運転手に目撃されている。万事休すである。

 冨嶋が管理事務所の外に出ようと立ちあがったとき、新井さんは「はっと」何かに気づいたようだった。そして「・・・何も話してなかったのね」と意味不明なことを口走った。言い出し部分は聞き取れなかったが、冨嶋は「私は何も言っていませんよ」とだけ言った。千代田霊苑も新井さんも煩わしかった。

雨は止んでいた

お坊さんの姿はない

手前の青い作業着が田澤社長で奥が青木純一
赤い傘が新井さん
手を合わせている黒い帽子が冨嶋
田澤部長が撮った証拠写真

 腹立たしいことばかりだったが、これで終わりだから、新井さんに墓地からの景観を見てもらうことにした。千代田霊苑の人間に先に事務所に戻るように言うと、新井さんは「私も戻った方がいいかしら」と逃げ腰だった。
 新井さんとしばらく雨あがりの甲府盆地と南アルプスの山々を見渡してから、急勾配の坂道をゆっくり歩いてくだった。新井さんは「秋の紅葉もきれいでしょうから、そのころまた来ます」と言った。
 事務所に戻ると、冨嶋が墓前で手を合わせている写真(お坊さんを呼んでいなかった証拠写真)ができていた。田澤社長はそれを冨嶋にくれるといなくなった。とんちんかんなことばかりで「理由(わけ)」がわからなかったが、九州大学が謀った犯罪に間違いないと思った。

 今は千代田霊苑から一刻も早く脱出することだ。

 精神状態が不安定な新井さんが足手纏いだった。新井さんを外して、千代田霊苑との対決は帰宅してからにすることにした。
 田澤部長に「帰るから、タクシーを呼んでください」と言うと、いつもなら「私がお送りします」というのが、別室にタクシーを呼ぶように指示した。
 タクシーが来ると、田澤社長と深澤めぐみが見送りに管理事務所の玄関に出て立っていた。田澤めぐみもいたのか。隠れていたのか。

 犯行計画の大筋は「新井さんを使って、納骨式予定時刻ぎりぎりまで引っ張って、納骨できないことの衝撃を大きくして、冨嶋が茫然となったところを、田澤社長・田澤部長・青木純一で殺害して、霊苑の敷地内に埋めるだった。」と考える。

 普通は「人を殺すこと」は難しいが、九州大学なら「毒薬注射」を用意できる。3人の男の内、2人が両脇から身動きできないように押さえて、1人が毒薬入注射の針を一刺しするだけで簡単に殺せる。青木純一はそのための殺人ほう助要員である。お布施詐欺なら田澤社長・田澤部長の2人で十分である。男手の増員は不要である。
   新井さんは鎌倉の自宅ではなくて、清水の実家から甲府に来ているから、夫及び息子ら家族に「犯罪の手引きをしたこと」を知られない。 
   冨嶋は一人暮らし。
 失踪しても、捜査願いを出す者はいない。
 花屋はお墓に花を飾るだけで、「お坊さんを呼んでないこと」を知らない。だけど、後、お坊さんが来るものと思っている。 
   納骨拒否を決め込んでいるから、お寺の手配をしないで、お坊さんを呼んでいない。 
    昨年2014年2月28日夕刻、福岡県の刑事が「九州大学から相談を受けた」と言って、冨嶋に「裁判を正す会のHPを削除しろ」と脅迫電話をしてきたように、捜査機関は「産学官連携の人体実験ビジネス犯罪を訴える被害者を追っ払う、殺人鬼らのための、税金で養われている用心棒」で、冨嶋殺害隠ぺいに協力して、告訴状不受理、或いは捜査をする振りをして、事件をうやむやにするだけである。
  だから、冨嶋を殺害して、その口を封じることで、九州大学は人体実験犯罪を闇に葬ることができると
犯行(口封じの殺人)を計画した。焦る九州大学が最後の手段に出たのだ。
 千代田霊苑のショベルカーで穴を掘って、冨嶋の死体を埋めて、一貫の終わりにする魂胆だった。
   九州大学の誤算は「九州大学の白衣の殺人鬼らと違って、千代田霊苑の青い作業着の男らは悪党ではあるが、殺人には不慣れであること」であった。
 九州大学の白衣の殺人鬼らは殺人のプロで、千代田霊苑の青い作業着の男らは墓地用地開墾が本職で、殺人の方は素人である。  
 

 早朝、雨粒が落ちることなく、予定通り、午前11時半過ぎになって、冨嶋が3人のお骨を持って、千代田霊苑管理事務所に行っていたら、千代田霊苑の「冨嶋殺しの請負人ら」は、その場で犯行に及び、冨嶋を千代田霊苑の外に生きて帰していない。

 お布施横取りが犯行目的なら「青木純一に僧服を着せて僧侶に仕立てる手」もあった。 その準備をして、冨嶋が前日の7月6日に千代田霊苑管理事務所に行ったときに、田澤社長は建墓代金(490万円)ふっかけ請求同様に「吹っかけた大きな金額」を言っている。

 青木純一の男手増員は、田澤社長・田澤部長だけでは間に合わないからで、青木の腕力が必要だったからである。お布施横取り詐欺なら、女性の深澤めぐみで間に合っている。

 朝の雨は映画十戒海が二つに割れたのと同じ迫力があった。

 帰路は、千代田湖に寄って甲府駅に戻ることにした。

 タクシーの運転手が千代田湖で「ここから昇仙峡まで10分です」と言うので、ついでに昇仙峡まで行った。
 新井さんも冨嶋も帰りの電車は午後14時半過ぎ発で、「ハイキングコースの入り口から一番の見所まで往復しても、帰りの電車の時間に間に合うから」と強く勧められた。
 新井さんは「大腿骨の手術をして歩行困難だし、数年前、4姉妹夫婦で来ているから」と来ないで、タクシーから降りて、外の空気を吸って待っていることにして、冨嶋だけが駆け足で「遊歩道からの景観」を楽しんだ。タクシーの運転手の話では「昇仙峡は昔海の底」だった。考えても無駄であるが、すると「あのお墓は将来、どういうことになるだろう」と思った。
 昇仙峡から甲府駅方面に引き返す途中、山梨大学の前を通った。運転手が「この大学には大金が集まります。先だって、ノーベル賞をとった??教授の母校です」と言った。運転手が山中教授の名前を言い出せないでいると、新井さんが「小保方さんですか」と言った。冨嶋は唖然とした。思わず強い口調で「それは理研で、称賛とか、名誉とか・・・話がまったく逆です」と言った。新井さんは一方のドアに寄りかかって蹲っていた。暗かった。運転手は無言だった。
 新井さんが「どうしても、名物料理のほうとう(煮込みうどんのようなもの)が食べたい」と言うから、甲府駅前の老舗にタクシーを着けてもらった。しかし、その店では「ほうとう」は、お客自身に料理してもらうことにしているから、時間がかかり、帰りの電車の時間に間に合わない。新井さんは「信州そば」で我慢した。
 食べ終わると、電車の発車時刻が迫っていた。冨嶋が先になって駅まで走って行き、2人は挨拶もそこそこに別れた。
 冨嶋が身延線のホームに向かって歩いていると、通路側に向けて顔を伏せた新井さんが走り去る「あずさの窓」から手を振った。冨嶋も手を振った。

 翌日、深夜、冨嶋は新井さんにパソコンから「お詣りしていただいたお礼」と「おもてなしができなかったことのお詫び」のメールを3通〜4通発信して、新井さんに気持ちの中で「さようなら」をした。

 新井さんからは7月7日別れて以後、音信不通で、冨嶋が7月31日、千代田霊苑に配達証明付き内容証明郵便で「騙し取ったお布施返却の申立」をすると、翌日の8月1日に「気をつけて、階段の上り下りをしています」とだけ書いたメールが届いた。納骨(納骨式の日のこと)に関しては一言もなかった。そうすることで、犯罪に関与していないこと、甲府にも行ってないことにすることができると考えたのであろうが、千代田霊苑と連絡を取り合っていることを自白したと同じ愚行である。

 新井さんが「千代田霊苑の1万円お布施横取りの証人にならないこと」を、冨嶋に知らしめるために、九州大学が指南・強要したにちがいない。

 一瞬の隙で、新井さん本人が「やることなすことが邪悪連鎖と言っていた九州大学」に籠絡されることになったのだろう。

 九州大学の「人体実験犯罪隠ぺいの悪あがき」は「人体実験と同じく残虐非道・卑劣」で、こちらも国際刑事裁判所で裁かれなければならない。


 
 

● 納骨式後の千代田霊苑とのやり取り
■ A  2014年(平成26年)7月8日 FAX送信
 冨嶋→千代田霊苑

■B   2014年(平成26年)7月9日13:08 FAX送信
 千代田霊園→冨嶋

   当方違反行為になる。
   お寺様をお願いしなかった理由につきましては、当苑およびこの地方では、一般的に埋葬納骨時にお寺様が特に立ち会うという風習はなく、お施主様からのご依頼がない場合は、費用の問題もありますので、お願いしておりません。

 上記FAX文書(B)に添付して送信してきた資料(B-2)
 2014 09/07 WED 13:09 FAX 0552677514 千代田霊苑株式会社

「墓地、埋葬等に関する法律」
条文改変犯罪

 条文書き出し位置を変動して、千代田霊苑に都合が悪い箇所を隠して、「1枚の用紙に収まるように改変」している。出典(クレジット)の「HPアドレス」を入れて、「まさか」と疑いが行かないように工作している。この改変工作は法律の専門家とコンピュ-ターの専門家の共同作業である。九州大学なら両分野とも人材が揃っている。但し、三流(でき損ない)のである。だから、六法全書を一度でもめくって読んだことのある人間なら、瞬時に犯罪手口「条文書き出し位置の変動」を見抜く。それにしても、法律の専門家が法文を改変するとは。落ちるに落ちて、もう、下がない、これが「九州大学の実態(実力)」である。

 「可」が第」・「2」・「3」の位置の次に来ないといけない。そういう「決まり」(法文の合理性)になっている。

 無理して「犯罪の額縁の中」に納めようとするから、発信者名と通信時刻が逆さまに入っている。

 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HOo48.htmlから直接プリントアウトすると以下のようになっている。一見して犯罪箇所がわかる。第八条「1/10ページ」に納まっている。

 両親の火葬・葬儀を行った葬儀社に問い合わせると、「うちの方で代行しました」と回答した。

■ C  2014年(平成26年)7月9日 FAX送信
 冨嶋→千代田霊苑

■D   2014年(平成26年)7月9日 レターパックライト
 千代田霊園→冨嶋

 レターパックライが届いたのは7月10日(木)だった。

 詐欺師どもが「現金を送ることはできません。詐欺等にご注意ください」とは、どういうことか。あとから1万円現金封筒で送るつもりか。その意思表示かもしれないと思った。自分ながら「お人好しの馬鹿な考えだった」と呆れている。

 その後、知り合いの方々に「納骨の挨拶状とおみやげ」を宅急便で送った。すぐに心のこもった「お褒めと慰労の電話・手紙・お供え」が届いた。またそのお礼状を出すなどしているう内に、7月も終わりになっていた。

■E   2014年(平成26年)7月31日 内容証明郵便
 冨嶋→千代田霊園

■ 2014年(平成26年)8月1日、新井さんから「用心して、階段のあがり降りをしています。」とだけ書いたメールがあった。
 冨嶋に千代田霊苑が猫糞した「1万円入りのお布施袋授受の現場に立ち会った証人がいないこと」をわからせて、「告訴状提出を諦めさせよう」との九州大学の魂胆である。

 このHPを作成している■ 2015年8月9日(日)の時点で、冨嶋は「自分の他人の恐ろしさに対する認識の甘さ」を痛感する。

 レターパックライトで囲んだ箇所「現金を送ることはできません。詐欺等にご注意ください」詐欺「冨嶋の詐欺」にしていた。

 冨嶋の神経を逆なでする意図でやらせたのであろうが、冨嶋はそんな重箱の隅を突っつく・セコイ・汚いところで生きていないから、鈍感で気がつかなかった。したがって、九州大学が意図した「逆なでの効果」はなかった。

■ 2014年(平成26年)8月3日から、一日おきにHPを更新して、15日には「ひろば687号」を掲載した。

■ HPを作成しながら待っていたが、千代田霊苑からは何も言ってこなかった。お布施の返却もなかった。それはそうであろう。で囲って「冨嶋の詐欺に引っかからない」の意思表示をしていたのだから。

 2014年(平成26年)8月22日(金)、知り合いの弁護士さんに相談の電話をした。親切にも「こちらに来られませんか」と言われた。

■ 2014年(平成26年)8月25日(月) 面会時間は1時間半くらいだった。
(1)納骨式つぶしの祭祀妨害は刑法の対象でない。
(2)お布施を返さないこと・墓地使用許可書不発行は「刑法第二四六条の詐欺罪」だと言われた。

 帰宅して、翌日の26日(火)から本腰で告訴状の作成に取りかかった。改めて契約書を読み直した。

 「永久管理書(墓地使用許可書)発行」「契約終了時点」で、契約終了時点は「残金(建墓代金450万円)を完済した2014年(平成26年)4月25日」ではなく、「手付金を支払った2013年(平成25年)9月9日」だった。

■ 2014年9月8日か9日の夕方、新井さんから電話がかかってきた。弾んだ殊更に元気を装った声で「自分では何ともないが1週間入院した。実際にそんな検査の数値が出ているから仕方ない」など、自分の健康について得々と喋った。冨嶋は途中で電話を切った。以後、メールも電話もない。

■ 告訴状は2014年9月10日(水)に完成した。被告訴人を「千代田霊苑株式会社 代表取締役 田澤政夫」にして、日付は「平成26年9月12日(金)」とした。殺人罪を真正面に出すと蹴られるから、詐欺罪で検察の出方を見ることにした。九州大学が手を回しているだろうから「ろくなことにはならない」と期待はしなかった。

 当時、人体実験犯罪の方の書面が完成したら、訴えを「国内の東京地検特捜部」にするか「国際刑事裁判所」にするか迷っていたから、その参考にする意図もあった。どちらかというと「こちらの方」だった。だから、郵送しないで持参した。

 2014年9月11日、新大阪行きの最終便の新幹線で小倉をたった。夜中に新大阪について、駅前のホテルに泊まった。
 翌朝一番の新幹線に乗ることにしていたが、切符売り場の係が「それだと、身延線に乗り換えるとき、静岡で長いこと待つことになるから」と気を利かして、次の便を用意してくれた。

東海道新幹線 のぞみ  

 新大阪 0 6:23  名古屋  07:14

東海道新幹線 ひかり

  名古屋 0 7:18  静岡  08:10

身延線 ワイドビューふじかわ1号

  静岡 08:16  甲府  10:28

 ふじかわ1号の車内アナウンスが「最終の甲府駅到着時刻10時28分」を告げた。改札口を出ると、乗降案内窓口に行って「時刻表」をもらって確認した。やはり私の感が当たっていた。

 甲府地方検察庁は甲府駅から徒歩10分〜15分のところにある。告訴状を提出して、概要を説明するだけだから、午前中に用事を済ますことにした。そうすれば、お墓詣りをして、今日中に家に帰れる。

 

 

 
 

● 「告訴状を持ってきました」

 受付の男は「ここは検察庁です」「検察庁ですよ」と言った。

 
 冨嶋  だから、告訴状を持参したのです。
 受付  そうですか、では、上に電話して聞いてみます。
 受付ですが、今、女の人が玄関に「告訴状を持ってきた」と言って来られています。
 上から係が降りてきますから、そこの椅子に腰かけてお待ちください。
 

 受付の男が「ここは検察庁です」「検察庁ですよ」と言った瞬間、居る意味・価値はない。回れ右で帰ってもよかったが、九州大学から連絡が来ているはずで、事務官がどういう対応をするか見ることにして留まった。

 3分〜4分そこらで、エレベーターのドアが開いて、20代前半と思われる小柄な男が出てきて恐る恐る近づいてきた。「少し、上でお話をされますか」、「ええ、そのために告訴状を持参したのです。複雑ですから、概略を説明する必要があります」。

 告訴状を持って、検察庁に出向いて「告訴状を持ってきました」と言うと、「ここは検察庁です」「検察庁ですよ」と言って、追っ払われるとは、世界中で1人として考えつく者はいない。では、日本の検察庁は何をするところか。日本国内ではどこに行ったら、告訴状を受けつけてもらえるのか。受付の男の名は勤務表で判明する。

 男は「検察事務官の岡部」と言った。岡部事務官は冨嶋が持参した「告訴状一式(「告訴状」と「事件の経緯と詳細」と「会員ひろば684・685・686・687・688」)が入った紙袋を持って、執務室に案内した。部屋に入ると、衝立で仕切って、手前が外来者と面談の場にして、机と椅子が4脚置いてあった。衝立の奥には事務机が並んで、複数の人間が詰めていた。

 岡部事務官は奥から年配の事務官を連れてきた。やはり小柄だった。斜に構えて椅子にかけて、名前を名乗らなかったこの事務官を「丙」とする。

 
   告訴状の1枚目を見ただけで、お布施詐欺だとわかる書き方にしていないので、刑事事件として受理できない。
 被告訴人がお布施を受け取ったとわかることが書いてない。 

 冨嶋  受領書がない。お布施袋授受の写真がないということですか。そういうものがあれば、事件になっていません。他に有力な証拠が存在します。それを見もしないで「告訴状不受理」をするのですか。
 結局、あなた方は、いつもの告訴状不受理・捜査拒否のマニュアル通りのセリフを言っているだけではないですか。
 前もって、告訴状受理拒否で、あなた(岡部事務官)がグダグダ言うのはわかっているから、わかるように作ってきましたから読んでください。読まないとわからないのです。
 午後2時に出直してきますから、読んでください。 

 若い岡部事務官の首から顔が見る見るうちに真っ赤になった。丙は面と向かって「自分が偉いと自惚れているから、読みもしないで、告訴状受理拒否を言う。読まないとわからない。当たるも八卦ではない」と言われて、腰が浮いていた。

 さすがに「埋葬等に関する法文の改変犯罪」には「ぐーの音」も出なかった。第14条は既遂である。検察で法律をエサにして、税金で養ってもらっている身で「法文改変の犯罪性」を否定したら即解雇である。

 丙がお引き取り願おうと、ご機嫌取りに出た。
   詐欺罪は民事です。債務不履行で民事です。お布施を戻せば債務履行です。但し、お布施の方は弁償させる方にもって行くことができる。
 (これは千代田霊苑が
「お布施を猫糞していることを認める発言」である。九州大学と「こんなところで話をつけますか」と協議している。)
 冨嶋  検察が民事に介入するのですか。
 民事不介入が原則ではないですか。
 

 丙はお布施詐欺は「出し」で、本命は「殺人・失踪偽装工作」であることに気がついてなかった。
 「受付」と「丙」の対応にムカついて、冨嶋もだんだん火がついて、いつのまにか、事務官らと冨嶋の間で「九大が、九大が」と、本命の方に話が飛んで行った。やはり「九州大学から連絡があっていた」と確信した。
   そのときは警察に行かなかったのですか。
 (とんでもないことを、丙は口走った。)
 冨嶋  精神状態が不安定な女性がついていましたから、それに携帯を持ってないから、自分ではタクシーを呼ぶこともできませんでした。
 (新井さんが偽証すれば、話がややこしくなるだけだった。)
 
   まだ殺されていない。
 不明。
 冨嶋  だから、ストーカーの被害者が訴えても、あなた方が「そういうこと」を言って、仕事をしないから、殺されている。
 殺されて
「幽霊になって出て来い」というのですか。

 かなり長い間、説得を試みたが、丙が「墓所使用許可書未発行の方が刑事事件に・・・だから、こちらで告訴状を書き換えろ」と言って聞かなかった。

 
   もう、こちらに出てこなくてもいいです。
 郵送してくれたら、見て、受理するか否か回答する。

 (これが告訴状受理を拒否して逃げる「検察の手口」である。たまには「やり方」を変えたらどうかと思うが、これ1本である。「巨悪は眠らせない」と言った東京地検特捜部の検事がいたが、「寝言をいうな」と言いたい。)
 冨嶋  郵送しますが、間違うといけませんから、封筒の表に「担当事務官の名前」を書いて出そうと思います。お名前を教えてください。苗字だけでなくて、下の方も書いてくださいね。 

 告訴状を入れて持って行ったB4の茶封筒を出すと、岡部事務官は「岡部」だけでわかるからと言って、下の名前はどうしても書かなかった。丙には聞いても拒否するに決まっているから、丙には名前を聞かなかった。
 岡部事務官は「下までお送りした方がいいですか」と言った。冨嶋は「はい」と答えた。岡部事務官は上気したままの赤い顔だった。岡部事務官もここで丙のように朽ち果てるまで働くのかと思うと痛々しかった。早く検察から足を洗った方がいいですよ。失業しないでいいからと、安易な気持ちで官庁に就職すると酷いことになる。

 

 
 九州大学の人体実験犯罪の訴えは「国際刑事裁判所」に出すことに決めた。

 千代田霊苑に行って、両親と兄の3人のお骨があるのを確認して、甲府発14:35のふじかわ10号に乗車して帰路に就いた。小倉駅には21:22に着いた。

 甲府から帰った後、9月末頃から年末にかけて、(1)「東京女子医大病院のプロポフォール適用外使用による小児12人死亡」、(2)「群馬大学病院の開腹による肝臓がん切除手術で10人死亡、がんの腹腔鏡による手術で8人死亡」、(3)「千葉がんセンターの保険適用外の腹腔鏡手術で11人死亡」について、新聞・テレビが連日大きく報道するようになった。

 1995年(平成7年)3月20日の無差別テロ「地下鉄サリン事件」の死者は13人。それに比べると「3医療機関で現在判明しているだけでも患者41人死亡」は大量虐殺殺人である。患者が死亡しても、死亡しても、殺し続けたことに戦慄する。今や医療機関は国民殺戮の屠殺場である。

 (1)(2)(3)は政府の成長戦略の柱「医療ビジネスの一環」の「産学官連携の治験プロジェクト」で、根幹に元帝国大学「国立大学法人北海道大学・同旭川医科大学・同東北大学・同東京大学・同京都大学・同大阪大学・同九州大学」を支援拠点(規模の小さい医療機関を金・人・設備で支援する拠点)にする、「文部科学省の橋渡し支援推進プログラム」がある。

 パソコンのキーを叩いて、インターネットで、実験設備がある大学病院を拠点とする、日本独自の「2〜3年で実用化の世界最短承認」を企てる、「シームレス・オールジャパン体制づくり」を陰謀する「国家治験プロジェクト」の存在をつきとめた。
国家治験
プロジェクト
日本独自(医療機関を総動員する人体実験)
2〜3で実用化 世界最短承認
シームレス
オールジャパン体制づくり

 日本独自 シームレスオールジャパン体制医療機関総動員する人体実験でなければ、2〜3年で実用化・世界最短承認は実現できない。

 産学官連携の巨大吸血鬼が国民の生き血を吸って金を貪る。殺人でも凶悪犯罪でも、自分たちが組めばお咎めなし。何でもやれる。反対に被害者の息の根を止めることもできるでやっている。

 これが九州大学の人体実験の背景の全貌であると確信するに至った。相談に乗ってくださった弁護士さんに、甲府地方検察庁での顛末を報告もしないで、本筋の作業の方に戻った。まだ失礼している。

 この原稿「ひろば706:冨嶋克子殺害と失踪偽装工作」を使うとしたら、「どの訴え」で「何時」とはまだ決めていません。

 今は息抜きが必要で、8月は20日過ぎまで休むことにしました。

 広島の原敏恭氏から平成27年7月28日付の手紙で、お知らせ「新井さんが本年1月15日に急死されました。享年73歳」がありました。

 九州大学は鬼畜集団である。鬼畜に人間性・良心はない。あろうはずがない。