2015年06月06日

703

これで幕引きか

Is a curtain discounted in
Human experimentation murder crimes?


2015年(平成27年)5月28日付日本経済新聞

絶対に、それで終わりにならない。
Absolutely not to end with it.


目 次

● ファシズム・帝国主義・軍国主義

 ファシズム・帝国主義・軍国主義の違いを教えてください-Yahoo!知恵袋

 

 ファシズムと言うのは、イタリアに発祥した労働組合あるいは社会的な組織が国家を掌握するという考え方です。
 そうすることで、労働者などの福祉を重視した政治ができるというのです。
 別にそれ時代は悪いことじゃないんですが、これを実践したイタリアのファシスト党、そしてドイツのナチスがユダヤ人虐殺など悪さをしたので、ファシズム=戦争犯罪のイメージが強くなっています。
 また、ヨーロッパの右翼をすぐに、ナチズムと呼ぶのも実はちょっと変。
だって、ファシズムって本来、本来、社会主義みたいなものですからね。
 
ナチスだって、国家社会主義ドイツ労働者党の略称でしょ。

 帝国主義は、一般的にはマルクスが唱えた概念で、資本主義国が経済発展をしたら、資本は国内での投資に飽きたらず、より高い利潤と富の拡大のために海外への投資を行う。その際に、投資先としての植民地を必要とし、自国の政府に植民地を獲得するための戦争を行うよう働きかけるというものです。
 ポイントは、単なる侵略ではない。
 
資本主義国によるものであること。
 それが、
投資先としての植民地獲得目的とすることが条件です。

 軍国主義は、軍が国の政治を乗っ取ること。
 教義には
日本大政翼賛体制の発足を指します。
 
政党立憲政治放棄し、軍部の暴走を容認するばかりのゴム印になっちゃったからです。

 ファシズム・ナチズムはあくまで政党が国家と軍隊を掌握してます。
 しかし、日本の軍国主義は逆。軍隊が政治にでしゃばり、政党を屈服、あるいは籠絡(ろうらく)したのです。

 また、日本は大日本帝国を名乗っていましたが、軍国主義だったのは第二次大戦中だけ。
 そもそも、帝国を名乗っても、帝国主義ではない。
 有力な資本家、企業が国に影響力を行使して、植民地を獲得しろと圧力を掛けるのが本来の帝国主義。
 日本は国家が資本を育てましたし、そもそも、戦前の日本の戦争は資本家ではなく、政府が政治的な意図から行ったもの。
 その意味では、いくら侵略戦争し、植民地を作っても、名ばかりの帝国です。
 そもそも、日本の植民地だって、政府による上からの近代化やってました。

 オランダやイギリスみたいに、資本家が侵略戦争をおっぱじめて、「東インド会社」を作り、国家にそれを承認して頂戴なんてわけじゃないんです。
日本には、東インド会社なんてありません。
 満鉄はどうなんだとうい人も言うでしょうけど、あれは国が満鉄という会社を作ったんですよ。決して、民間人が満鉄作って、満州帝国を作ったわけじゃありません。


 日本のファシズム

 1946年、丸山眞男は「超国家主義の論理と心理」で、「ファシズム」を「反革命のもっとも先鋭的な、もっとも戦闘的な形態」と定義して 、イタリアやドイツのファシズムは議会制社会下の大衆運動による「下からのファシズム」であったが、日本のファシズムは軍部官僚による「上からのファシズム」であったとした。この「日本ファシズム論」は広く影響を与え、特に1940年代から1970年代に類似または関連した見解が多く登場した

 なお「ファシズム」という用語や概念の定義や範囲には多数の議論があり、学術的な合意は無い。



● 恐怖の人体実験

医学は何をして来たのか

恐怖の人体実験
医学は何をして来たのか

アラバマ州タスキギーで行われたことからタスキギー研究と呼ばれる人体実験は1932年秋から1972年まで行われた。
米公衆衛生局の医師たちは被験者である貧しい黒人小作農夫600人に梅毒を注射した。
医師たちは、399人を「実験」、201人を「コントロール」に分け、「実験」の399人には治療を行わず、梅毒の進行過程を観察した。
タスキギー梅毒人体実験とも呼ばれるこの行為が40年間にわたって行われたのだ。
無料で治療を受けられるとの宣伝で集められた600人の被験者は、まず胸部レントゲン写真と心電図などを取られ、完全な健康診断をされた。血液検査が繰り返された後で、全員が「血液に悪性の病気があり、治療のため長期にわたって注射をしなければならない」と申し渡された。「治療」の名の下に梅毒が注射されたのである。
こうして始まった研究は、日常的には地元の郡保健省と公衆衛生看護婦が維持した。地元の人間で、被験者の生活を知っていた看護婦たちは、医者と被験者とのコミュニケーション役でもあった。医者と被験者たちの言葉が通じないこともあったのだ。
注射は25年間打ち続けられた。人体実験の観察は40年間続いた。人体実験の期間中、注射を打ちに来た被験者たちには食事、鎮痛剤のような付随的な薬物か偽薬が無料であてがわれた他、最終的に50ドルが渡された。そして、死亡した場合には葬儀への援助が約束されていた。もちろん、健康診断も無料だった。
実は葬儀に対する援助には裏があった。研究で重要とされたのは、梅毒の進行過程を追うことと検死だった。葬儀の援助には検死に応じるという条件がついていたのだ。
貧しい黒人農民にはこうした援助は経済的恩恵に思えた。それは、家族に金銭的負担をかけないですむという意味で、彼らにとって唯一の死後の「保険」だったのである。
それでも、検死を拒否する家族もあった。行われた検死は145だった。
研究の間、被験者が一般の医者に梅毒の診断をされても、公衆衛生局は治療を阻止した。
1950年代にはペニシリンが簡単に利用できるようになったし、実際に使用されたが、「実験」に分類された399人、タスキギー400と呼ばれる人々にペニシリンは使われなかった。
人体実験のため梅毒で死んだのは100人。これははっきりと確定できる数だ。彼らは梅毒の症状で苦しみぬいて死んでいった。
1936年には治療を受けた「コントロール」の39%が発病し、「実験」の84%が発病していた。1942年には治療を受けていた被験者の13.9%が死亡し、「実験」の24.6%が死亡していた。1952年には「コントロール」の20%、「実験」の40%が死亡していた。生きていた被験者たちの多くが病苦の中にあった。
毎年、血液検査をされていた人々が、こうした状態にあり、放置されていただけではなく、治療を阻止されていたのである。
人体実験の目的は、梅毒の進行過程の観察であった。医師たちは治療をしなければどうなるか知りたかったのだ。
1972年にAP通信のジーン・ヘラーがこの人体実験を記事にした。1972年7月26日の「ニューヨーク・タイムズ」の記事によって、タスキギー梅毒人体実験は一般に知られるようになったのである。それによって調査団が結成され、彼らは研究が不当なものであり、ただちに中止するよう勧告した。
それまでに調査がなかったわけではなかった。1969年に公衆衛生局の調査団は、タスキギー研究からは医学的な知識は得られないと報告した。タスキギー研究は、医学的には無価値であると公衆衛生局の調査団が認定したのだ。しかし、報告書にはそれでも被験者の治療はされるべきでないとあった。
1996年には、タスキギー梅毒人体実験の生存者は11人だけとなっていた。彼らや遺族たちが起こした訴訟は勝利に終わった。計1000万ドルの賠償金が支払われたのである。しかし、アメリカ政府と大統領は謝罪を拒否し続けて来た。実験そのものにくわえて、政府の姿勢が黒人や少数民族の不信を深めた。
タスキギー研究は黒人の大量虐殺だったという噂が絶えない。エイズも黒人根絶の陰謀であると言われる。また、今でも黒人たちの多くが内科治療を避ける傾向があるのも、この人体実験のせいだという。タスキギー梅毒人体実験の残した傷はあまりに深い。
1997年5月16日、クリントン米大統領は生き残った被験者5人らをホワイトハウスに招き、正式に謝罪した。
ホワイトハウスでの謝罪式典で大統領は「政府のしたことは恥ずべきことだ。明らかに人種差別的な研究を組織したことを私は申し訳なく思う」と述べた。

1956年にニューヨークのスタテン島ウィロウブルックで人体実験が行われた。被験者となったのは3歳から10歳の知恵遅れの子供たちだった。
ウィロウブルックは24棟の知恵遅れの子供の入る施設だったが、不衛生で環境が悪く、1949年に肝炎にかかる子供が多発した。
そして、1956年に米空軍疫学委員会とニューヨーク医科大行政学部の支援のもとにソール・クルーグマン医師のグループがウィロウブルックに乗り込んだ。彼らは子供たちに生きている肝炎ウィルスを接種した。
肝炎は2種類。MS1と言われたのは輸血などで感染するB型肝炎。MS2は経口感染するA型肝炎だった。
実験開始とともに、親たちに圧力がかけられた。
「子供を実験病棟に入れなければ、入院許可は遅れる」と、冷たく言われたのである。
肝炎が流行している施設である。親たちは同意せざるを得なかった。
クルーグマンのグループはこの10年も前に免疫ガンマ・グロブリンが有効であると発表していた。しかし、ウィロウブルックでは使われなかった。子供たちは肝炎にかかり、その経過を観察された。クルーグマンたちは研究を学会に発表し、名声を得ていった。
1966年にウィロウブルック人体実験は別の医師によって告発された。

アメリカで1940年代から放射能人体実験が行われていたことが一般的な注目を浴びたのは80年代の終盤から90年代のはじめにかけてのことだ。地方紙である「アルバカーキー・トリビューン」のアイリーン・ウェルサム記者とスタッフの調査報道の成果だった。
日本に投下された一番はじめの原爆を製造するマンハッタン計画の過程で、放射能の人体への影響を調べるために何万人もの人に無断でプルトニウムを注入し、妊婦に放射線照射の鉄剤を投与し、乳幼児に放射性ヨウ素を注入し、精神病患者や精神薄弱児に放射線照射のシリアルフードやミルクを与え、がん患者をはじめとする病人や囚人に高濃度の放射線を照射していたのだ。
人体実験はそうした弱者を中心に、兵士にも行われたし、親に無断で病院から運び出した児童の死体を実験に使用したこともあった。

ひとつの地域を丸ごと対象として行われた。
1965年に故意ネバダ原子力ロケット事故を起こし、放射性物質が空中に蒸発した後、周辺住民や食物への影響を調査するということも行われたのだ。予想よりも広範囲に汚染が広がり、危険が明確になったという。

米ソの核戦争の恐怖が世界をおおっていた冷戦時代、
生命をもてあそぶ者たちが国家を背景に、秘密のうちに大規模な残虐行為を行っていたのである。
アメリカが最も繁栄を誇った時代に、その裏側では悪夢の人体実験が行われていた。

アフリカに死神博士と呼ばれた男がいた。南アフリカのウーターバッソン博士である。
死神博士は、白人政権による人種隔離政策時代に南ア政府直属の研究所で生物化学兵器の製造を指揮していた人物だが、黒人に人体実験を行い、200人以上を殺害した。
ウーターバッソンは、白人政権の反対勢力の人々を使って、黒人を断種するためなどの残虐な人体実験を続けていたのである。
その他、南アフリカの隣国であるナミビアにあった南西アフリカ人民機構(SWAPO)のメンバー4人を注射で薬殺した後、死体を軍用機で海に投棄するなど、謀略的な殺人にも深く関与していた。
また、マンデラ大統領などの黒人解放指導者の暗殺計画を企てた他、
私腹を肥やすために麻薬の製造にまで手を出していた。
1999年10月4日、死神博士ウーターバッソンの裁判が、南アフリカの首都プレトリアではじまった。

人体実験は日本やアメリカ、南アだけではない。人体実験は世界中で行われているのだ。

第2次大戦前後のソ連で、科学者たちが効率的な毒物を開発しようと死刑囚を使った人体実験を大規模に行っていた。実験台の中には革命の祖国としてのソ連に憧れて亡命した米国人、ドイツ人、日本人も混じっていた。少なくとも100人以上が実験台にされ殺害されたことがわかっている。

他にも、1958年と1961年に空軍軍人と家族がカザフスタンの核実験場付近に集団移住させられ、白血病などの死者が続出していたが、これも放射能の人体への影響を調べる人体実験だった。

囚人軍人ばかりではない。南ウラルでは住民を使った人体実験をするために、核実験が行われている。
ソ連時代のロシアについてはまだわかっていないことが多い。それでもこれだけあるのだから、今後、何が出ても不思議ではない。

1996年には英国政府が1950年代から1980年代にかけて放射能人体実験を行っていたことを認めたし、兵士を使って幻覚剤を化学兵器として使用するための人体実験を行っていたことがわかっている。

現在では、イラクが人体実験を行っているという疑惑がもたれている。

今でも科学の発展、進歩のためという名目で、人体実験が行われている可能性は高い。

科学学問はまだ権力に仕える段階にある。



アメリカ人体実験年表


1940年
シカゴで400人の囚人をマラリアに感染させて新薬の人体実験。後にニュルンベルグで公判中のナチの医者がホロコースト正当化のため、この人体実験を引き合いに出す。

1942年〜1945年
米軍で1000人の軍人を使ったイペリット毒ガスの人体実験。

1944年
米海軍がガスマスクと防護服のテストで人体実験。兵士がガス処刑室でイペリットガスを浴びる。

1944年8月
「生物学的研究プログラム」(プルトニウム人体実験)始まる。

1950年
都市部の生物学的危機対処研究に、米国海軍がサンフランシスコ上空の雲にバクテリアを散布。多くの住民が肺炎の徴候を示す病気になる。

1953年
CIA、米陸海軍共同でニューヨークとサンフランシスコ上空で細菌の空中散布実験。

1955年
CIAがタンパベイ上空に留区軍細菌兵器庫のバクテリア散布。

1956年
陸軍人が黄熱病の蚊をエイボン公園に放った上、公衆衛生局高官になりすまして犠牲者を調査。

1965年
フィラデルフィアの州刑務所で、枯れ葉剤の発ガン物質特定のためのダイオキシンを使用した人体実験。

1966年
陸軍がニューヨークの地下鉄の換気装置に細菌を散布。

1968年
CIAがワシントンで化学物質による飲料水汚染実験。

1971年10月8日
シンシナチ大学の医師が、米国国防総省の依頼で11年間にわたって、がん患者111人に放射線全身照射の人体実験をしていたと判明。

1976年2月21日
原爆開発中の45年から47年にかけ、米国政府が極秘に18人にプルトニウムを注射する人体実験をしていたことが判明。13人死亡。

1977年4月14日
戦後20年間続いた、ネバダ核実験場で原爆使用の演習に参加した兵士に白血病の多発が判明。人体実験の疑い。

1984年1月25日
環境保護グループ、囚人、末期ガン患者の放射能人体実験を告発。

1986年10月24日
米議会スタッフの調査で、1940-1970年代に、米政府の囚人・病人への放射能影響調査の人体実験判明。

1990年
ロサンゼルスにおいて、親に無断で黒人とヒスパニックの6カ月の赤ん坊1500人にはしかワクチンの実験薬が投与。

1993年12月26日
ハーバード大・マサチューセッツ工科大が1940-50年代に精神障害児に放射能人体実験との報道。

1994年
ジョン・D・ロックフェラー上院議員は少なくとも過去50年間、国防省が神経ガス、放射能、精神薬、湾岸戦争で使用された化学兵器などの危険な物質の人体実験のため何十万もの軍人を使ったと公表。

1994年1月6日
米国防省の放射能人体実験により25人が死亡の報道。

1994年3月14日
オッペンハイマー米ロスアラモス国立研究所長が1945年にプルトニウム人体実験支持の手紙を書いたと判明。

1994年6月27日
オレアリー米エネルギー省長官、放射性物質の人体実験問題で、48件、1200人が対象になっていたとの中間調査公表。

1994年10月21日
冷戦時代の放射能人体実験を調べている大統領諮問委員会が、実験は分かっただけでも千数百件、最終的には数千件に達する可能性があるとの中間報告を発表。

1995年
合衆国政府が日本の731部隊の戦争犯罪人を細菌戦のデータ提出と引き換えに免責し、実験を続行させていたと認める。

1995年
湾岸戦争で使用の生物兵器はヒューストンで生産され、囚人で人体実験したものと暴露される。

1995年2月
放射線人体実験に関する大統領諮問委員会の調査で、1950年代に米国が大気圏内核実験による死の灰の人体への蓄積を調べるため日本など世界各国で死産した胎児の骨などを集め分析する極秘の「サンシャイン作戦」を展開していと判明。

1995年2月
米国エネルギー省の「放射線人体実験局」、同省とその前身の原子力委員会(AEC)関与の放射線人体実験に関する報告書を公表。154件で9000人が犠牲に。

1995年3月18日
原爆投下直後に広島で調査を行った学者3人のプルトニウム人体実験関与判明。

1995年6月20日
家族に無断で病院から運び出された約1500体の子供の死体が、戦後の放射線人体実験に利用の報道。

1995年8月17日
米エネルギー省、政府関係機関が戦前から行ってきた放射線の人体実験に関する最終報告書を発表。1930年代から70年代の40年間に435件、対象者は約1万6000人。

1995年10月3日
米大統領の諮問委員会、1944年から74年ごろまでに約4000件、推定被験者数万人の放射線人体実験が行われたとする報告書をまとめる。

1998年1月
米国が最近公表した公文書に、1954年に太平洋ビキニ環礁で実施した実験が人体実験であったことを示唆する文書が含まれていることが判明。

1998年4月28日
1950-60年代に、ノルウェーと米国の研究者が、知的障害者に放射線の人体実験を実施とノルウェー紙報道。

1998年11月
米・ブルッキングズ研究所の調査で1940年代から70年代初めまで、米当局が核開発の一環として、計2万3000人以上の米国人への放射能人体実験実施が判明。



戦後日本の人体実験年表


1951年
国立第1病院等で乳児に致死性大腸菌を感染させる人体実験が行われた。感染性ありと報告。

1952年
名古屋市立乳児院で乳児に大腸菌を感染させる人体実験。

1952-56年
米軍援助金による新潟精神病院でのツツガムシ人体実験。精神病患者にツツガムシを接種した。8名死亡、1名自殺。

1965年3月24日
名古屋市の興和製薬で、昭和38年10月に同社のかぜ薬新薬キセナラミンを社員ら187人に投与し、人体実験していたと被害者らが人権侵害と東京法務局に告発。

1966年4月7日
千葉大医学部の鈴木充医師が同大学内や川崎製鉄などの64人にチフス、赤痢を接種する人体実験をした容疑で逮捕。1審無罪、1976年4月東京高裁で有罪、1982年5月最高裁で懲役6年確定。

1967年
自衛隊員に赤痢菌と赤痢予防薬(未承認薬)の人体実験、隊員1089人のうち577人に急性食中毒発生。

1969年9月
香港インフルエンザワクチンを少年自衛官335人に人体実験と『防衛衛生』が発表。

1969年10月14日
広島大学の岩森茂助教授らが悪性貧血患者3人にガン細胞を移植して免疫抗体をつくる人体実験を行い、学会で発表。

1971年3月27日
東大医学部台弘教授が20年前にやった精神病患者へのロボトミー手術は人体実験だったと告発される。

1984年5月23日
岐阜大学医学部精神科の難波益之教授グループの助手竹内巧治助手が、岐阜県内の私立病院に通院していた妊娠中の女性分裂症患者を大学病院に転院させ、本人の同意を得ずに中絶手術をした上、胎児の脳を解剖したと、学会で内部告発。竹内助手は、妊娠中の分裂病患者が服用した向精神薬(ハロペリドール)の胎児の脳への分布を調べた。

1993年
新潟市内の大学病院で不整脈のため診察を受けた主婦に検査と偽って新薬の臨床試験。他の検査結果も隠匿。

1989年
オウム真理教、ヘッドギアPSI開発のために幹部信者で人体実験。

1990年
オウム真理教、反抗的信者でボツリヌスやコレラ使用の細菌兵器の人体実験。


(2001/04/29)


【出典元】http://www.aw.wakwak.com/~hana/wrk0041.html(Memory's work ※リンク切れ)



【関連記事】

放射線の人体実験、戦後も 囚人131人にX線照射 米原子力委
【ワシントン27日=AP】米エネルギー研究開発局スポークスマンは27日、米原子力委員会(AEC)が60年代に、放射線が男性の生殖機能に及ぼす影響を調べるため、131人の囚人の生殖器にX線を照射したことを明らかにした。
同スポークスマンによると、囚人たちは書面で実験に同意、放射線が奇形児を産む恐れが出る程度まで生殖機能を損なったあとに、治療の手術を受けた。X線照射の結果、囚人の一部は5年間、生殖機能を失ったが、その後の医学検査と細胞組織を調べたところ全員、生殖能力を回復していたことが判明した。
放射線によって囚人の体内にガンができたかどうか証拠はないが、囚人たちの総合的な追跡調査が行われていないため、この点について政府は自信がないと、同スポークスマンは語っている。
また同スポークスマンによると、エネルギー研究開発局は追跡調査をしたいが、政府当局と一部の囚人は後難を恐れて協力に乗り気でないという。(朝日新聞 1976/02/29)

731部隊員、戦後も人体実験
米から援助受け各地で 英紙報道

【ロンドン21日時事】21日付の英日曜紙オブザーバーは、「旧満州で細菌兵器開発を進めていた旧日本軍の“731部隊”の生き残りメンバーらが、戦後も米国政府の援助を得て日本の精神病患者、受刑者、乳児などを相手に人体実験をおこなっていた」と大きく報じました。
これは、同紙独自の調査結果として東京特派員が伝えたもの。それによると、旧731部隊に研究員を送り込むスカウト役を務めていた東大伝染病研究所長や元731部隊研究者ら細菌部隊関係者数人が、1953年から56年にかけて、新潟県の精神病院の患者118人にたいし、病気の治療と称して、ツツガムシ病の細菌を注射や軟こう塗布によって植えつけました。この結果9人が死亡、1人が自殺に追い込まれたといいます。
また、同紙によると、これらのメンバーは東京近郊の刑務所の囚人12人にたいしても、チフス菌注射による人体実験をおこない、「Aタイプ」チフスが「Bタイプ」チフスに転換するかどうかを研究しました。さらに、名古屋市立大学付属病院でも、乳児を実験台に大腸菌にかんする研究をおこない、1人を死亡させたといいます。
こうした実験の資金源について同紙は、「米国占領軍が極秘に金を出していた」と指摘しています。

衝撃的な事実

『悪魔の飽食』共同作業者の下里正樹氏(本紙特報部長)はつぎのようにのべています。
戦後、元731隊員グループと、米占領軍との間に隠微な接触があり、朝鮮戦争において第二の細菌戦に結びついたことは、『悪魔の飽食』第二部で、問題提起がなされている。しかし、オブザーバー紙の報じるような事実があったとは衝撃的だ。
戦後の731メンバーの動向はナゾに包まれており、いわば『悪魔の飽食』第四部編ともいうべき事柄だ。GHQの援助がどのセクションから、どのような内容でおこなわれたのかが明らかにされるとナゾの一端が解けよう。(赤旗 1983/08/23)

米、大戦中に人体実験 化学兵器対策で6万人に
【ワシントン6日=共同】第2次世界大戦中に米政府が6万人以上の米軍兵士らを対象に、化学兵器用防護服や治療法の開発を目的として実施した大規模な人体実験の全容が6日、全米科学アカデミー医学研究所が発表した調査報告書で明らかになった。
実験の事実は戦後45年以上も秘密にされてきたが、最近になり、がんや呼吸器疾患の後遺症に苦しむ実験参加者や家族が救済を訴えて明るみに出た。
報告書によると、実験は米政府の科学研究開発局による化学戦準備の一環として、メリーランド州エッジウッド弾薬しょうなど9カ所で行われ(1)汚染を防ぐ薬剤開発のための化学剤塗付実験(2)防護服とマスクを着けた兵士らに毒ガスを浴びせ防護性能を確かめるガス室実験(3)汚染地域で行動させる野外実験−に分かれていた。このうち、2500人以上が参加したガス室実験は通常1回1−4時間。兵士らは防護服などのすき間から入ってくる毒ガスで皮膚に赤い斑点ができるまで何日も実験を受けさせられた。(朝日新聞 1993/01/07)

米軍が先住民に人体実験 冷戦時にアラスカで放射性の丸薬投与
【アトランタ(米ジョージア州)】米CNNテレビは3日、米ソの冷戦が続いていた1950年代に米空軍が、北極圏で米兵が生き残れるかどうかを研究するために、アラスカの健康なイヌイット(エスキモー)やインディアン102人に放射能を含んだ薬をひそかに投与し、人体実験をしていたと報じた。
CNNが入手した文書によると、米空軍の研究者らは、アラスカの先住民らが極寒の地で生活できるのは、その甲状腺(せん)に秘密があるのではないかと考えていた。これを調査するため、50−57年にかけてイヌイットやインディアンに少量の放射性ヨード入りの丸薬を飲ませ、甲状腺への影響を調べたという。
イヌイットの1人はCNNに対し、米軍からは丸薬投与の目的について説明を受けておらず、ダイエットの医学的調査と思っていたと答えている。
これに関し、アラスカ州選出のマカウスキ上院議員(共和党)は連邦政府の事実関係の調査を求めている。
実験を行った医師の1人(ノルウェー在住)は、CNNの電話インタビューに応じ、イヌイットたちは旧ソ連の原爆実験によってもっと多くの放射能を浴びていたと思うと述べ、米空軍による実験は全く安全だったと回答した。(中日新聞 1993/05/04)

精神障害児に放射性の食品 米大学で実験の報道
【米マサチューセッツ州27日=ロイター】ボストン・サンデー・グローブ紙は26日、1946−56年にかけて、ハーバード大とマサチューセッツ工科大(MIT)の研究者らが、放射性物質を含む食品を、少なくとも49人の精神障害児に食べさせる実験をしていたと報じた。
同紙によると、消化能力などを調べる目的で放射性物質を含むカルシウムや鉄入りの食品を食べさせ、血液などへの影響も調べた。当時、少年たちの親に多少の説明はしたが、放射性物質のことは告げていなかったという。
マサチューセッツ州政府によると、医師団がその後の影響を調べる予定だという。(朝日新聞 1993/12/28)

患者を使い被ばく実験「72年まで」 米紙が報道
【ワシントン6日=大塚隆】米シンシナティ大の研究者が、核戦争が起きた場合、被ばく兵士にどれだけ戦闘能力があるかを調べる目的で、大学病院の患者に大量の放射線を浴びせる実験を行っていた、と6日付の米紙ロサンゼルス・タイムズがワシントン発で伝えた。米政府は3日、同じような被ばく人体実験究明のため、閣僚会議設置を決めたが、米国では、1940−50年代を中心に行われた実験に関する報道が続いている。
同紙によると、実験を行っていたのは放射線医学研究者で同大名誉教授のユージン・サンガー博士。同大の若手教員組織の72年時点での調査によると、この年までの十数年にわたり、82人以上の治療費の払えない低所得者が対象になった。国防総省は実験に65万ドルを支出したという。(朝日新聞 1994/01/07)

暴れる暗部 冷戦下の米人体実験(上)
半世紀で被ばく2万人 遺族了解なく臓器を摘出

米国で1日、妊娠中に放射性物質入り錠剤を飲まされ、子供をがんで失った女性たちが、集団提訴に踏み切った。昨秋以来クローズアップされてきた「放射能人体実験」の暗黒の歴史は、法廷でも裁かれようとしている。米国家権力の非情さは、冷戦の負の遺産と片付けるにはあまりに重い。その真相に迫った。

氷点下20度に保存されて眠る人体に加え、人骨、骨髄そしてあらゆる臓器の標本群──ワシントン州シアトルから東へ約350キロの小郡市スポケーン。ワシントン州立大学の管理するモテル風の建物の内部は物言わぬ被ばく者の「霊廟(れいびょう)」だった。
米エネルギー省(旧原子力委員会)の委託で、過去半世紀の核兵器工場での破ばく者、人体実験の被験者などから摘出、保管されている2万人分の「遺品」を識別するのはケース番号だけ。20年近く核汚染を追う地元紙記者、カレン・スティールさんは言う。
「遺族の了解もなく臓器を摘出されたケースが大半。しかも遺族が賠償訴訟を起こすたびに最大の証拠=臓器=が消えてきた」
亡霊のようによみがえる放射能人体実験。それは昨年11月、一地方紙記者が、6年がかりの取材で、被験者の身元を突き止め、報道してからだ。例えば、コード番号「CAL1」のアルバート・スティーブンス氏は「余命半年の胃がん」との診断後、「大量のプルトニウム」を無断で注入され、4日後、胃の大半と肝臓を摘出、持ち去られた。そして胃がんは単なる腫瘍(しゅよう)と判明する。
もっとも、86年に米下院エネルギー・商務小委員会は、このプルトニウム注入を含む放射能人体実験31例の概要を公表している。この資料公開は全容の一端を示したに過ぎないが、その内容は実験の異常さを十分に伝えている。
▽オレゴン、ワシントン州の囚人131人の精巣にエックス線が照射され実験後に精管切除(63年−71年、ワシントン大学)▽死の灰の水溶液を102人に投与(61年−63年、シカゴ大学)▽アイダホ州の原子力委員会直轄の原子炉から、故意にヨウ素を7回放出した。
実験はなぜ執ように繰り返されたのか。その源流をたどると広島・長崎への投下につながる原爆製造の「マンハッタン計画」にいきつく。
スミソニアン博物館の科学史学者、グレッグ・ハーケン氏は、核物理学者ジョーゼフ・ハミルトン氏が実験の“先駆者”だったと断言する。ハミルトン氏は、マンハッタン計画関係者の被ばく問題を最初から担当、問題のプルトニウム人体注射の責任者でもあり、研究に没頭する余り自らも被ばくして49歳で死亡した孤独な学者だ。
解禁された政府秘密資料によると、ハミルトン氏は46年11月、「死の灰を煙霧状態にして大都市人口密集地帯に散布した場合の効果は大きく、人々の驚がく、恐怖、不安は容易に想像できる。これに対抗するのは絶望的だ」と、米陸軍に人体実験を要請する秘密報告をしている。49年10月にはユタ州でハミルトン氏を議長に陸軍が散布実験を計6回行った。
ハーケン博士の分析によると、一連の実験には、放射線治療、マンハッタン計画従事者の被ばく対策、そして放射能を将来の戦争に利用しようという3つの目的が最初からあったという。ただ、「3つの目的の境界はいつもあいまいだった。そして、ソ連の原爆開発が意外に早かったことが、軍事目的の要素を急激かつひそかに膨らませた」と、博士は指摘する。
その一例が、61年から72年までシンシナティ大学で行われた被ばく実験だった。対象者は、治療費の払えないがん患者88人。関係資料によると全身もしくは上半身への被ばく実験は、国防総省との契約(65万ドル)で行われ、目的は「核戦争の際の兵士の継戦能力測定」だった。この事件を追い続ける医師のデービッド・イーグルマン氏(41)は叫ぶように語った。
「この実験で20人以上が数か月以内に死んだ。実験? 冷戦? これはホット・ウォー(熱戦)だよ」(ニューヨーク、桝井成夫)(読売新聞 1994/02/03)

暴れる暗部 冷戦下の米人体実験(中)
NY地下鉄で細菌散布 通勤客対象 他都市でも

1966年6月6日、月曜日。朝のラッシュアワーが続くニューヨーク・マンハッタンの地下鉄ホームに、普通の通勤客を装った米陸軍関係者が待機していた。都心の各駅に散っていた男たちは、同一時刻を期して、電車が滑り込んだ線路や地上の通風口に、次々と電球を投げつけた。電球ははじけ、黒い薄煙が上がりすぐに消えた。この薄煙の正体が、炭疽(たんそ)病の病原菌に似た細菌で、男たちの奇妙な行動がその人体散布実験だったことに気づいた乗客は1人もいなかった。
この戦慄(せんりつ)すべき「実験」の存在は、80年の情報公開法により初めて明らかになった。陸軍が68年にまとめた報告書によると、細菌戦時の大都市の弱点を調査するのが目的であり、そのため「地下鉄がもっとも集中、錯綜(さくそう)して交通量が多い」ニューヨーク・マンハッタンが選ばれた。細菌は駅から駅と運ばれ、40分以内に「最大規模」に広がった。5日連続で行われた実験では、100万人以上が細菌を吸い、中心街では1人当たり1分間に100万個もの細菌を吸引したという。
この常軌を逸した都心散布はともかく、細菌実験がより広範囲に行われていた事実は、77年に陸軍が米上院健康・科学研究小委員会へ提出した報告書によって、ある程度知られていた。報告書によると、49年から69年まで、サンフランシスコ、ミネアポリス、セントルイス、アラスカ、ハワイなど239か所で実施されたという。
一連の細菌実験による被害規模は不明だが、サンフランシスコの弁護士、エドワード・ネビン氏(52)が連邦政府を相手どり起こした損害賠償訴訟は、被害の一端を明らかにした。同氏の祖父は50年9月、陸軍がサンフランシスコ湾上の船から1週間にわたり細菌を大量散布した実験の直後に急死した。訴訟は、その責任を問うものだった。
81年3月から始まった口頭弁論でリチャード・ウィート医師は「病院が扱ったこともない細菌感染患者が一時期急激にふえてすぐに消えた。その時期が後になって実験の時期と合致し、細菌も一致した」と指摘した。その患者の1人がネビン氏の祖父で、心臓弁へのバクテリア感染が死因だった。
ウィート医師は「(ネビン氏の祖父の死因との)因果関係が困難だ」と証言したが、判決は実験を「国家安全保障」に照らし国の裁量行為内として因果関係を認めず、連邦最高裁も上訴を却下。ネビン氏の孤独な戦いは敗北に終わった。
レオナード・コール・ルトガー大教授(政治科学)によると、米国の市民を実験台に供する人体実験は、60年代半ばまでは「核物質」と「洗脳」実験が主流だったが、それ以降は遺伝学を駆使する細菌戦争への対応へと、大きく変容したという。実際、86年にレーガン政権は細菌、化学戦争への予算を1億6000万ドル(80年)から10億ドルに引き上げている。
人休実験によって祖父を奪われたネビン氏は、「敗れても、事実を広く知らせたことで、市民の義務を果たせた」と当時の戦いを振り返るが、怒りはいまもいやされることはない。
「自由の国、個人主義を掲げるこの国で、とても信じられない、愚かなことだ。軍部の戦争パラノイアだ」と……。(ニューヨーク、桝井成夫)(読売新聞 1994/02/04)

暴れる暗部 冷戦下の米人体実験(下)
こじ開けた“パンドラの箱” 調査のホコ先「水爆の父」へ?

米エネルギー省のヘーゼル・オリアリー長官(56)が、ニューメキシコ州の地方紙が50年代のプルトニウム人体実験の追跡調査記事を掲載したことを側近から聞かされたのは、昨年11月末のことだった。
すぐに、安全対策担当者による会議が招集された。「皆口々に情報公開が必要なことを力説しました。決断に30秒かかりました。その30秒に、『もしパンドラの箱を開けてしまったら、私は反科学の人間と思われるだろうか』とか『私にできるだろうか』とか様々な考えがよぎりました。しかし私に決断を迫ったのは、エネルギー省を絶対に変革しなければという強い思いでした」(1月25日上院政府問題委員会での長官証言)。
「30秒の決断」を受けた12月7日の記者会見。放射性物質を使った人体実験の調査開始と、冷戦時代にたまった省内資料3200万ページの公開を、突然発表した。情報公開の目的は、失われた国民のエネルギー省への信頼を回復し、核政策を推進するためと説明された。
保守系「安全保障センター」のフランク・ギャフニー所長は、真珠湾攻撃記念日と重なったこの会見について「オリアリーは、米国の安全保障にとって真珠湾以来最悪の攻撃を行った」「大衆の反核感情をあおったことで、軍事、民間の核政策の今後に計り知れない影響が出てくる。大衆は、(核政策では)秘密の政府が動いているように感じるだろう」と評した。
しかし「パンドラの箱」は開けられた。各地の新聞が「200件から260件」(オリアリー長官)に及ぶ様々な人体実験について報道合戦を開始した。一方、同省の部内紙には「オリアリーはエネルギー省をつぶそうとしている」との実名投書が掲載された。
オリアリー長官は南部生まれの黒人女性。フォード政権時代から、長く同省付きの弁護士を務めた。エネルギー省のスタッフのうち、タラ・オトゥール次官補(安全担当)やダン・レイチャー補佐官らは、長年環境団体や議会調査局でエネルギー省批判の法廷闘争を繰り広げてきた経歴を持ち、彼女が長官就任当初から、同省の大改革を目指していたことがうかがわれる。
今、問題は国防総省、中央情報局(CIA)、航空宇宙局(NASA)が行った人体実験にまで広がり、焦点はクリントン政権がエネルギー省をこえて調査の幅をどこまで広げられるかに移っている。
先月半は、オリアリー長官は核開発研究所など核関連施設の集まる米西部を歩いた。その際サンフランシスコで開かれた会合で、「水爆の父」と呼ばれ、冷戦時代の米国の核開発の中心となった核物理学者、エドワード・テラー博士と顔を合わせた。
この席で博士は「核問題は情報を公開するだけでなく、国民に理解させることが重要だ」と発言、さらに会合後に「人体実験問題は極めて誇張されて伝えられている。情報公開は大衆ヒステリーを引き起こすだけだ」と記者団に本音をもらした。
テラー博士は50年代初め、高まるマッカッシー旋風の赤狩りの中で、「マンハッタン計画」で世界初の原爆を製作しながら、その後、核時代に警鐘を鳴らしたオッペンハイマー博士を「水爆開発を邪魔する利敵行為を働いた」と告発し、その後の米国の核開発の主導権を握った。さらにレーガン大統領時代には「スターウォーズ構想」の提唱者として、冷戦時代の米国の反共政策の中心にいた。
人体実験の告発によって開いたパンドラの箱は、冷戦史の問い直しの波となって、ひたひたとテラー博士の足元にも及ぼうとしている。(ワシントン・山口勉)(読売新聞 1994/02/07)

ロンドンで細菌戦実験 英国防省が極秘に 英紙報道
【ロンドン2日共同】2日付の英日曜紙サンデー・テレグラフは、英国防省が1963年から77年にかけて、ロンドンをはじめ同国南部で微生物をばらまくなど、極秘で細菌戦の実験を行った、と報じた。航空機や船舶からの大量散布も実施された、と伝えている。
同紙は、当時の国防省所属の科学者が記した政府の秘密資料を入手。それによると、微生物はウオータールー橋などロンドン中心部や南部海岸線で散布された。人体に影響を与えずに細菌の広まり方を調べるため、大腸菌O162やセラチア属の腸内細菌など3種類の「模擬細菌(兵器)」が使用された。
この実験について、国防省は「満足できる結果を得られた」と評価した、という。
ポーティロ国防相は昨年夏、これらの細菌戦実験に関する労働党議員の問い合わせに対し、手紙で実験が実施されたことを認め、「使われた菌は人体には危険を及ぼさない」と強調した、という。
しかし、同紙は微生物学者らの話として、「一部の菌は急性肺炎などを引き起こす可能性がある」と報じている。(中日新聞 1997/02/03)

エイズ研究で孤児に人体実験? 故意に感染
チャウシェスク政権下ルーマニア

【ウィーン20日時事】ルーマニアでは孤児にエイズ患者が多いことが知られているが、同国の地元紙は20日、1989年に崩壊したチャウシェスク独裁政権時代に、実験目的で孤児がエイズウイルスに故意に感染させられたと報じた。
ブカレストからの報道によると、エベニメントゥル・ジレイ紙は、複数の医師の話として、チャウシェスク政権下の87年と88年、エイズ研究を目的として、当局からの指示で孤児がエイズウイルスに感染させられたと伝えた。多くの免疫学者がこの人体実験に関与していたという。
世界保健機関(WHO)によれば、ルーマニア人のエイズウイルス感染者のうち、85%が子供だという。(中日新聞 1997/02/21)

梅毒実験被害者に米大統領が謝罪 1930年代から40年間、黒人対象に実施
【ワシントン16日立尾良二】米政府が1930年代から40年間も貧しい黒人を対象に実施した梅毒の生体実験について、クリントン米大統領は16日、同実験の被害者をホワイトハウスに招き、初めて公式に謝罪した。生存者8人のうち5人が同席したセレモニーで、大統領は実験が「明らかに人種差別によるものだった」「米国は恥ずべきことをした。本当に申し訳ない」と頭を下げた。
生体実験は32年から72年まで、米公衆保険局がアラバマ州タスケギーの黒人399人に実施した。被害者は小作人や日雇い労働者が大半で、抗生物質による治療が可能だったにもかかわらず、梅毒の進行状況を研究するため治療せずに放置した。米政府は74年に生存者と被害者の家族に総額1000万ドルを慰謝料として支払ったが、公式謝罪はなかった。
クリントン大統領は「米国民は、犠牲者と何年も苦しんでいる被害者におわびする。みなさんは何も悪いことをしていないのに、虐待された」と述べた。同大統領は、事件を風化させないために、地元に生物倫理学と健康保険のセンター建設を支援すると約束した。
被害者の1人(94)は「信頼を回復するのに遅すぎることはない」と語った。(中日新聞 1997/05/17)

旧ソ連が生物兵器実験で天然痘散布か
【ワシントン(CNN)】旧ソ連が行った生物兵器の人体実験で、10人が天然痘に感染し、3人が死亡した可能性があることが分かった。ワシントンで15日開かれた全米科学アカデミーの天然痘ワクチン開発に関するフォーラムで、米エネルギー省の研究グループが報告した。
報告したのは、同省サンディア国立研究所のアラン・ゼリコフ博士ら。報告によると、旧ソ連当局はカザフスタンのアラル海上のボズロフデニエ島で天然痘などを使った兵器の実験をしていた。1971年7月に、散布用に開発されたスプレー状の天然痘ウィルスが大気中に漏出し、風に乗って島の南15キロを航行していた船に到達したという。船の乗員12人のうち女性1人が感染し、そのまま同海北部アラルスクに上陸したため、同地域で起きた天然痘集団感染の原因になったとしている。当時アラルスクでは10人が天然痘に集団感染し、3人が死亡しているという。
旧ソ連時代の調査報告では、この女性は船で航行中に一時上陸した場所で自然感染したことになっているが、ゼリコフ博士の調査に対し女性は、一時上陸は禁止されていたと話したという。
フォーラムでは、世界保健機関(WHO)の天然痘廃絶運動を指揮したヘンダーソン博士が、天然痘ウィルスが夏季に15キロも移動した上で、船上の12人中1人だけに感染するとは考えにくいと指摘したが、ゼリコフ博士は、風の方向や速度、大気温度などを総合すると、充分に可能だと主張した。(CNN 2002/06/16)

米軍が冷戦期にサリン実験 ハワイの森林に散布
米国防総省は10月31日、67年に致死性の化学兵器サリンをハワイの森林に散布していた、と発表した。冷戦時代に実施された、生物・化学兵器による攻撃を想定した一連の実験「プロジェクト112」の一環で、致死量以下のサリンを浴びた場合の長期的な影響を調べるのが目的だったとみられている。
実験は67年4、5月にハワイとパナマ運河周辺で実施されたが、パナマ側ではサリンではなく、神経ガスに擬装した物質が使われたという。ハワイ側に参加した部隊は特定されておらず、民間人も含めて、サリンを浴びた兵士の健康被害の実態については明らかになっていない。国防総省は心当たりの部隊で健康被害が疑われる場合、同省側に連絡をとるよう伝えた。
米軍は、ベトナム戦争時代に沖縄にサリンを保管していた。また、湾岸戦争の際、米軍がイラク軍の化学兵器を誤って解体し、サリンが広範囲に散らばったことがある。湾岸帰還米兵らの間のいわゆる「湾岸症候群」の原因とサリンとを結びつける見方も出ている。(朝日新聞 2002/11/01)

サリン人体実験が再審へ 英高等法院が決定
【ロンドン18日共同】英高等法院は18日、英国軍内の人体実験で1953年に死亡した元英軍兵士ロナルド・マディソンさんの死因を「事故死」とした評決を破棄し、「死因は神経ガスのサリンだ」とする遺族から出された再審請求を認めた。
遺族らによると、マディソンさん本人には風邪薬の効能を調べる実験と告げながら、実際には200ミリグラムの液体サリンを制服の左腕部分に垂らしたとされる。23分後に倒れて意識を失い、間もなく死亡した。
英国防省は1950−60年代にサリン実験をしていたことを公式に認めている。マディソンさんの遺族以外にも、サリン実験の後遺症に悩む元兵士約500人が年内に英政府を相手に賠償請求訴訟を起こす準備をしている。(共同通信 2002/11/18)

サリン実験の過失認める 英国防省、53年ぶり
【ロンドン14日共同】英国の化学・生物兵器研究施設で1953年、元英軍兵士=当時(20)=が死亡した事件で、英国防省は13日、軍に「重大な過失があった」とする合意書を遺族側と交わし、神経ガスのサリンを使った実験で元兵士が犠牲になったことを53年ぶりに認めた。
兵士は液体のサリンを腕に垂らされた後、意識を失って死亡したとされる。当時は「事故死」とされたが「死因はサリンの人体実験によるもの」とする遺族の再審請求を2002年に高等法院が認め、その後の再審で「兵士は不当な行為で死に至った」と認定された。
同施設での実験をめぐっては、後遺症に悩む500人以上の元兵士が政府に損害賠償を要求している。(共同通信 2006/02/15)

イラク帰還兵で「人体実験」、退役軍人省が薬投与…米紙報道
【ワシントン=黒瀬悦成】17日付の米ワシントン・タイムズ紙は、米退役軍人省が、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされているイラクやアフガニスタンからの帰還兵に対し、精神障害や自殺衝動などの重い副作用が報告されている処方薬を、月額30ドルの謝礼と引き換えに実験投与していた、と報じた。
退役兵士の福利厚生を管轄する同省が帰還兵を「モルモット扱い」していたとして、今後、波紋を広げるのは確実だ。
同紙によると、退役軍人省は、PTSDの影響でたばこがやめられなくなった帰還兵に対し、「禁煙治療の実験」として、大手製薬会社の禁煙補助薬を投与。この薬に関しては、米食品医薬品局(FDA)が昨年11月、副作用があるとの警告を発表したが、今年2月末まで帰還兵に伝えなかった。
これまでに薬を投与された帰還兵143人のうち21人に副作用が現れ、そのうち1人は自宅で精神錯乱を起こし、駆けつけた警官と撃ち合い寸前になった。
同省は現在も同じ薬を被験者の帰還兵に投与しているという。(読売新聞 2008/06/18)

医療関係者がテロ容疑者を使って実験か、米人権団体
【6月8日 AFP】米人権団体「人権のための医師団(Physicians for Human Rights)」は7日、2001年9月11日の米同時多発テロ事件以降、米中央情報局(Central Intelligence Agency、CIA)が主導したテロ容疑者への過酷な尋問の際に、医療関係者が尋問技術向上のためテロ容疑者を使った実験や調査を行っていたと発表した。
同団体によると、医療関係者がCIAの監督の下でテロ容疑者への尋問に参加していたことを示す公式記録を使って報告書を作成した。医師や医療スタッフは、水責めや裸の強要、睡眠遮断、極端な気温下に置く、長期間の隔離などの方法で行われる過酷な尋問に立ち会ったという。
同団体のナサニエル・レイモンド(Nathaniel Raymond)氏は記者会見で、「医師たちは、目の前で行われている尋問技術や尋問行為が、拷問にあたるとされる水準を定めた司法省の基準に違反しているかどうかの判断を下すためのデータを収集していた」と語った。その上で、実験や調査は「拷問を法的に隠ぺいする役割を果たした可能性がある」として、調査するよう求めた。
報告書によると、水責めの場合、医療チームは真水から食塩水に変更するようアドバイスしたという。このアドバイスは「表向きは、テロ容疑者が肺炎や水中毒によって血中の塩分濃度が低下する低ナトリウム血症をおこすリスクを減らす名目で行われた」と指摘している。
これまでにも非人道的な医療行為が行われていたことを示す文書はあったが、同団体は、今回の報告書のもとになった公式記録は医療関係者が積極的に容疑者を使った実験や調査に参加していたことを示す新たな証拠としている。報告書は、この行為について、国内・国際法に違反していることはもちろん、医療倫理にも反する行為だと指摘し、一部は戦争犯罪や人道に対する罪を構成する可能性もあるとしている。(AFPBB News 2010/06/08)

米政府:40年代に生体実験 受刑者らに性病感染
【ワシントン草野和彦】米政府の公衆衛生局が1940年代に中米グアテマラで、受刑者などを対象に意図的に性病に感染させ、抗生物質ペニシリンの効用を確かめる生体実験をしていたことが分かった。米政府は極めて非人道的な行為として、オバマ大統領が1日、グアテマラのコロン大統領に電話で「深い遺憾の意」を伝えると共に、感染者への謝罪を表明した。
実験は46〜48年、受刑者や精神障害の患者など男女約700人を対象に行われた。米メディアによると、性病の菌を注射したり、男性の対象者は、性病を持つ売春婦との性交渉を通じて感染させた。感染したことや実験の意図は伏せられた。
実験は未公表だったが、米ウェルズリー大のスーザン・リバビー教授が最近、ピッツバーグ大の公文書館で実験の記録を発見し、論文などで発表した。論文によると、計画はグアテマラ政府に知らされていたという。
クリントン国務長官とセベリウス厚生長官は1日、生体実験に「憤慨している」との共同声明を出し、米政府として調査を始めることを明らかにした。
米国では32〜72年にかけ、アラバマ州の貧困層の黒人性病患者約400人が、政府の生体実験の対象として未治療のまま放置されていた問題があり、クリントン大統領(当時)が97年に謝罪した。(毎日新聞 2010/10/02)

米国が1940年代にグアテマラで性病実験、米大統領が謝罪
【10月3日 AFP】米国の公衆衛生局(PHS)の研究者たちが1940年代に、中米グアテマラで受刑者や精神病院の患者らを故意に性病に感染させ、新薬実験を行っていたことが明らかになり、バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領は1日、グアテマラのアルバロ・コロン(Alvaro Colom)大統領に電話をかけ、謝罪した。
この実験については、米ウェルズリー大学(Wellesley College)のスーザン・レバビー(Susan Reverby)教授が、PHSのジョン・カトラー(John Cutler)医官(故人)が1946〜48年にかけて行った実験に関する未公開資料を今年になって発見し、明らかになった。
カトラー医官とその研究チームは、当時まだ新薬だったペニシリンの性病予防に対する効果を試すため、精神病患者を含むグアテマラの男性約1500人を、わざと性病に感染させた。

■被験者に知らせず実験

実験の資金は、米国立衛生研究所(National Institutes of Health、NIH)が提供していた。NIHのフランシス・コリンズ(Francis Collin)所長は、この実験の非倫理性を説明するひとつとして、「被験者たちからインフォームド・コンセント(治療内容を十分に説明した上で同意を得ること)を得ていた証拠はまったくなく、それどころか、被験者たちは自分たちがされていることについて騙されてさえいた」と語った。
実験を仕切っていたカトラー医師は、同じく悪名高い「タスキジー実験(Tuskegee experiment)」にも関わっていた医師として知られる。タスキジー実験は米国で1932〜72年の40年間にわたり、梅毒患者である数百人の黒人男性に、梅毒であることを告げずに治療しないで経過を観察した実験である。
グアテマラの実験では始めに、売春婦たちを淋病か梅毒に感染させ、兵士や精神病院の患者たちと無防備な性交渉をさせた。発見された資料によると、この方法で感染する男性が少なく、実験方法は兵士や受刑者、精神病患者らへの直接接種に切り替えられた。実験中に少なくとも1人が死亡したが、実験が死因かどうかは明らかになっていない。
今後、米医学研究所(US Institute of Medicine)の指揮下で独立した専門家らが事実調査を行っていくほか、オバマ政権の生命倫理問題研究に関する大統領諮問委員会(Presidential Commission for the Study of Bioethical Issues)は世界各地の専門家を招き、医療研究を取り巻く倫理基準について再検討する会議を開く予定だ。(AFP 2010/10/03)

性病人体実験で83人死亡=グアテマラで−米大統領委発表
【ワシントン時事】米国が1940年代に中米グアテマラで、性感染症の治療をめぐる「人体実験」をしていた問題を調査している米大統領委員会は29日、実験で少なくとも83人が死亡したと発表した。
実験は46年から48年にかけ、当時は新薬だった抗生物質ペニシリンの効果を調べる目的で約5500人に行われ、このうち1300人が性病に感染した。実験に関する事前説明はなく、同意も取っていなかった。
売春婦を梅毒や淋病に感染させ、兵士や刑務所の受刑者らと性交させるなどして実験を行った。実験対象者には精神病患者も含まれていたという。
同委員会のグトマン委員長は「医学実験が現在は倫理的に行われていることを人々に保証するためにも、非倫理的な歴史的不正を正確に記録することが重要だ」と強調した。
人体実験の事実は昨年、マサチューセッツ州のウェルズリー大学教授の調査で発覚。これを受け、オバマ大統領は昨年10月、グアテマラのコロン大統領に電話で謝罪するとともに、同委員会に調査を命じていた。調査報告書は9月、大統領に提出される。(時事通信 2011/08/30)

グアテマラ性病人体実験、規定放棄で1300人感染=米大統領委
【ワシントン29日ロイター】1940年代に米国の研究者が抗生物質ペニシリンの効果を確かめるために、中米グアテマラの刑務所などで性病に感染させる人体実験を行っていた問題で、オバマ大統領直轄の調査委員会は29日、研究者が意図的に倫理規定を放棄していたとする調査結果を明らかにした。
調査委員会によると、米公衆衛生当局の研究者は当時、ペニシリンの効果を試験する実験を行い、グアテマラの刑務所に収容されている受刑者や精神病院の患者ら約1300人に対し、梅毒などの性感染症に感染させた。中には、性感染症に感染させた売春婦と性交させられて感染した受刑者もいるという。
調査委員会は数千ページに及ぶ資料を調査。その中で、研究者は受刑者ら被験者をだまし、真実を伝えず、感染リスクから守ろうとしていなかったことが明らかとなった。
同委員会の委員長でペンシルベニア大学のエイミー・ガットマン学長は「関係者たちはこの問題を秘密にしておきたかったのだろう。広く知られることになれば、国民からの批判は免れないから」と語った。
この問題はマサチューセッツ州ウェルズリー大学教授の調査で発覚。オバマ大統領は昨年、この件についてグアテマラに謝罪している。 
調査結果の最終報告書は12月に提出される予定。(ロイター通信 2011/08/30)

グアテマラ:「無知を利用」アメリカ人体実験の兵士が証言
1940年代後半に米政府公衆衛生局の医師らによって故意に梅毒や淋病(りんびょう)に感染させられた中米グアテマラの元兵士らが、毎日新聞の取材に「風邪の注射だと思った」「無知を利用され、モルモットにされた」と人体実験の実態を証言した。実験は第二次大戦で米兵に急増した性病のまん延を防ぐため、米国の強い影響下にあったグアテマラで、開発されたばかりの抗生物質ペニシリンの効能を試すのが目的だった。オバマ米大統領が10年秋に謝罪し、両国政府は「生存被害者」と認定された6人の賠償問題などの解決を目指し、外交交渉を開始する見通しだが、非認定被害者が米政府に賠償を請求する動きも出始めている。【エスカレラ(グアテマラ中部)で國枝すみれ】

グアテマラ中部アカサグアストランから北へ9キロ。人里離れたエスカレラ村で元グアテマラ軍兵士のフェデリコ・ラモスさん(86)は電気、水道、ガスのない土壁造りの家に暮らす。48年に徴兵され、49年に軍病院で注射を4回受けたという。
「何の説明もなかった。最初の注射を受けた後に排尿痛が始まり、軍医に性器から菌が検出されたと言われた」。排尿痛は淋病の主症状の1つだ。「米国の人体実験のモルモットにされた」と憤る。
性病の売春婦を受刑者や兵士と性交渉させる実験も行われた。マヌエル・グディエルさんは昨年6月、87歳で亡くなった。息子のマテオさん(57)は「父は47年に入隊し、上官に15日おきに売春宿に通うよう命令された。翌日に検査を受けたと聞いた」と明かす。
検査で血液を採取する「報酬」として、たばこやせっけんが与えられることもあった。だが、ペニシリンによる治療は一部にしか施されず、手当てされずに放置された者もいた。被害者約1160人のうち51年までに少なくとも69人が死亡した。
グアテマラのエスパダ前副大統領によると、両国政府は生存被害者6人の賠償問題などについて外交交渉を始めるという。だが、グアテマラ人権委員会には15家族から被害の訴えが寄せられ、米政府に賠償を求める集団には非認定被害者約50家族が参加している。フェデリコ・ラモスさんも非認定被害者だ。
スペイン語で「階段」を意味するエスカレラ村はトウモロコシと豆による自給自足の暮らしだ。小学校が建ったのは56年前。中学校と病院は今もない。読み書きができないラモスさんは「米国は私たちの無知を利用したのだ。賠償してほしい」と訴えている。

<グアテマラ人体実験> 中米グアテマラで1940年代後半に米政府がグアテマラ政府の協力を得て実施していた性病の人体実験。資料を発見した米国の歴史学者が10年5月に学会で発表して明るみに出た。オバマ米大統領が10年10月、グアテマラのコロン大統領に謝罪。両国に調査委員会が設置され、実態解明が進められてきた。
先月7日に発表されたグアテマラ政府の報告書によると、米公衆衛生局や米国立衛生研究所は46年7月〜48年12月に受刑者、兵士、売春婦、孤児など少なくとも約1160人に梅毒スピロヘータや淋菌を接種するなどした。グアテマラ政府は自国と米国に残された資料を照合し、6人を「生存被害者」と認定した。米国では32〜72年に南部アラバマ州で貧困層の黒人約400人に対する性病の人体実験が実施されていた例がある。(毎日新聞 2012/01/21)

グアテマラ:アメリカの人体実験 貧しい先住民が標的
中米グアテマラで米国人医師による受刑者や兵士への性病人体実験が実施されたきっかけは、米国に留学したグアテマラ人白人医師が「グアテマラには先住民が大勢おり、実験に適している」と米国側に提案したことだった。
当時、グアテマラでは少数派の白人が、先住民マヤ族と、白人と先住民の間に生まれた「ラディーノ」から成る多数派を支配していた。人体実験に徴用された受刑者や兵士の多くはマヤ族や貧しいラディーノだった。グアテマラでは売春は合法で、政府も人体実験を承認していた。
被害者に人体実験の意図や感染の事実は知らされず、家族に2次感染した恐れもある。元兵士のフェデリコ・ラモスさん(86)の長男と長女は幼い頃から排尿痛に苦しんだ。長女のマリア・コンスエロさん(60)は「卵液を染み込ませた布を腰に巻いて耐えた。痛みに効くと信じられていたからだ」と語る。
受刑者や兵士だけでなく、孤児院の子どもや精神科病院の入院患者も実験台にされた。孤児院にいたマルタ・オレジャナさん(73)は「48年に梅毒スピロヘータを接種された」と主張している。最近、受けた血液検査でも「陽性」の結果が出た。
被害を訴える住民は社会の底辺で生きており、これまで、自力で被害を訴えるすべはなかった。グアテマラ人雑誌記者のマルタ・サンドバールさんは「米国は教育レベルが低く貧しいグアテマラを人体実験の場所に選んだのだ」と指摘する。
グアテマラのパブロ・ウェルネル検察官も「(人体実験の)被害者は何も知らされなかった。(米国による)明らかな人権侵害だ」と糾弾する。その一方、「実験に協力した当時のグアテマラ政府も責任がある」と語る。
世界銀行の09年統計でグアテマラ国民の54.8%は1日2ドル以下、29.1%は1ドル以下の暮らし。在米グアテマラ人約160万人の送金が国内総生産(GDP)の11%を占めている。人体実験から半世紀以上たっても「グアテマラの米国依存」(サンドバールさん)は変わっていない。【エスカレラ(グアテマラ中部)で國枝すみれ】

◇「資料が不完全」調査委座長のエスパダ前副大統領

グアテマラの受刑者や兵士らを意図的に性病に感染させていた人体実験について、グアテマラ側の調査委員会の座長を務めたエスパダ前副大統領に聞いた。

──米国が人体実験をした理由は何か。

◆当時の米国は国の安全を守るためなら原爆さえ落とした。当時、米国男性の1割が梅毒、6割が淋病(りんびょう)に感染していたとされ、性病は米軍にとって深刻な問題だったのだ。

──グアテマラ政府が受け取った見返りは?

◆たばこ、映写機、抗生物質のペニシリンを冷やす冷蔵庫などだ。

──人体実験の被害者数は?

◆米国で見つかった資料には5128人の名前があったが、血清検査を受けた子どもなども含んでおり、実際に病原体を接種されたのは約1300人とみられた。グアテマラの公文書館に残っていた資料と照合し、被害者は約1160人と判断した。うち生存者は6人。6人には米国とグアテマラが共同で賠償する。

──6人以外に「実験台にされた」と訴える人がいる。

◆米国側の名簿に名前がないので証明するすべがない。グアテマラの資料は不完全だ。カルテは患者に返還されるため、メモしか残らない。

──グアテマラ政府は米国を相手取り訴訟を起こすか。

◆提訴はしない。米国を訴えたら決着までに10〜20年かかる。米国より罪が浅いとはいえ、(実験に協力した)グアテマラ政府にも責任がある。問題は外交で解決する。私としては、外国製薬会社がグアテマラで行う実験を管理する国立科学技術医療倫理研究所を米国の援助で設立することを提案している。(毎日新聞 2012/01/21)

退役軍人、米軍の極秘人体実験について語る
(CNN) 米国ピッツバーグ在住の退役軍人ティム・ジョセフ氏(63)は、陸軍兵だった1968年にメリーランド州エッジウッドにある兵器庫に配属された。当時18歳だったジョセフ氏は、現地に到着するや否やその場所に違和感を覚えた。
「軍事基地というより、病院のようだった」とジョセフ氏は振り返る。ジョセフ氏は、週休3日という好条件に惹かれ、エッジウッドでの2カ月間の任務に志願した。
「楽な任務だった。仕事の内容は、陸軍のジャケット、軍服、武器などのテストを行うというもので、薬物や化学薬品についての説明は一切なかった」とジョセフ氏は語る。
しかし、現地に到着した朝、ジョセフ氏が事務手続きに行くと、基地の職員らが実験用の白衣を着ていたため、ジョセフ氏は疑念を抱いた。そして職員から次のように言われたという。
「君はこの任務に志願したのだから、任務を果たさなくてはならない。さもないと刑務所行きだ。君はどっちみちベトナムに行くことになるんだ」
1955年から1975年まで、エッジウッドの軍事研究者らは薬物や化学物質の試験に動物だけでなく人体も使っていた。試験対象は、VXガスやサリンのような致死性の神経ガスからBZのような身体能力を奪う物質まで多岐にわたった。
冷戦時代に行われたこの極秘研究プログラムは、当初、ソ連からの化学・生物攻撃に対する防御手段の発見が目的だった。当時ソ連は「心理・化学」戦争の分野で米国のはるか先を行っていると考えられていた。しかし、研究対象は攻撃用の化学兵器にまで拡大された。
現在、エッジウッド兵器庫は「エッジウッド化学生物センター」に名称が変わっている。同施設の広報担当者によると、1969年に当時のニクソン大統領が攻撃用化学兵器の研究を打ち切り、以後、米軍は化学物質の研究に人体を使用しなくなったという。
試験は1968年1月1日、ジョセフ氏が2カ月間の任務のためにエッジウッドに到着したとほぼ同時に開始された。「注射の時もあれば、錠剤の時もあった」とジョセフ氏は語る。ジョセフ氏は当時、自分が何の薬を飲んでいるのか分からなかったという。ジョセフ氏が職員に危険はないか尋ねると、彼らは「ここには有害なものは何もない」と言ってジョゼフ氏を安心させたという。
しかし、ジョセフ氏はエッジウッドでの2カ月間に摂取した化学物質は有害だったと確信しており、それらによって引き起こされた健康被害でジョセフ氏は40年経過した今も苦しみ続けている。
1968年2月、エッジウッドでの任務が終了する数日前、ジョセフ氏はパーキンソン病に似た震えが起こり、数日間入院した。その症状は成人後も断続的に発症しているという。ジョセフ氏は50代半ばに進行性神経疾患のパーキンソン病と診断され、早期退職を余儀なくされた。月2000ドルの医療費は自腹を切った。
ジョセフ氏はエッジウッドでの勤務中に化学物質にさらされたことを理由に退役軍人手当の受給を申請したが、退役軍人省は40%の障害と認定し、手当の一部しか支給しなかった。ジョセフ氏の元に届いた支給通知にはエッジウッドについて一切書かれていなかった。
ジョセフ氏は今も、震えや関節のしびれ、食べ物をうまく飲み込めないなどの症状があるという。ジョセフ氏は、これらの症状はすべてエッジウッドでの任務が原因と考え、エッジウッドで勤務していた退役軍人らが退役軍人省に対して医療手当の支給を求めて起こした集団訴訟に参加している。
同訴訟の弁護団長を務めるゴードン・エルスパマー氏は、ジョセフ氏が入手したエッジウッドでの診療記録を見直した。その診療記録には、1968年2月1日にジョセフ氏は「有機リン中毒」の治療のためフェニルアセトン(P2P)を投与されたと書かれている。そのためエルスパマー氏は、ジョセフ氏は恐らく、サリンなどの神経ガスを注射されたのではないかと見ている。
また1968年2月19日に始まった実験中、ジョセフ氏は抗精神病薬プロリキシンの服用後にパーキンソン病のような震えが起こったため、エッジウッドの医師らは、ジョセフ氏に2種類のパーキンソン病治療薬を与えたという。エルスパマー氏は、ジョセフ氏のパーキンソン病とエッジウッドでジョセフ氏に投与された薬物との間に関連があると見ている。
集団訴訟では、医療手当の支給に加え、国防省と退役軍人省に対し、エッジウッドで勤務したすべての退役軍人を探し出し、彼らに投与された化学物質の詳細と今後起こりうる健康への影響を明らかにするよう求めている。
しかし、約7000人にいるエッジウッドの退役軍人のうち米政府がこれまでに連絡を取った人はごくわずかだ。また、退役軍人省はエッジウッド関連の健康被害の訴えの大半を却下してきたという。ジョセフ氏もエッジウッドでの任務に関連する医療給付は一切受けていない。
この件について、国防省は声明で、化学・生物物質にさらされたすべての退役軍人の特定を優先的に行っており、退役軍人省はこれまでに数千人の退役軍人に連絡を取り、無料の診察を提供したとしている。(CNN 2012/03/17)

子ども約1000人にエックス線撮影 広島・長崎、無用の被ばく
広島、長崎で1947年9月、米スタンフォード大のウィリアム・グルーリック教授(解剖学)が小学生ら約1000人を対象に関節のエックス線撮影をしていたことが、米科学アカデミー・研究評議会(NAS・NRC)や米エネルギー省核実験公文書館が所蔵する文書で判明した。
エックス線撮影は、治療の目的ではなく、原爆の放射線が子どもの成長に及ぼす影響を調べる研究の予備調査として実施された。実際の被ばく線量は不明だが、被爆児、比較対照群の被爆していない子を巻き込んだ「無用の被ばく」だった。
教授は健康への悪影響を懸念し、原爆を開発した「マンハッタン計画」で医学部門責任者を務めたスタフォード・ウォーレン博士に事前に相談。放射線医学の権威である博士は「被ばく線量はほんのわずか」と“お墨付き”を与えていた。
翌年、調査は原爆傷害調査委員会(ABCC)に引き継がれ、規模を拡大して53年まで続き、手の撮影が毎年行われたとみられる。
ABCCの上部機関としてNAS・NRCに設置された原爆傷害委員会(CAC)の議事録などによると、調査は47年5月1日に承認され、教授は8月22日、米海軍機でグアムから東京に到着。連合国軍総司令部や旧厚生省と協議を重ねた。
その後、国立予防衛生研究所の医師やABCCの米軍医らの協力を得て9月末まで呉、広島、長崎、佐世保を回り、7〜13歳の計957人を対象に身長、体重を測り、骨の発達状況を調べるため、病院などで手、ひじ、肩、ひざ、足のエックス線写真を撮影した。
呉、佐世保の子どもは被爆児と比べるデータを入手するための比較対照群。ほかに6歳児35人前後が調査対象だった。
教授は調査前、ウォーレン博士に書簡を送り、骨格の発達を追跡するため、関節のエックス線写真を撮影する計画を伝え、有害ならやめたいと相談。博士は全身被ばくの可能性を否定し、被ばく線量も「0.1レントゲン(約1ミリシーベルト相当)に及ばない」と書き、問題はないと答えていた。教授は48年秋にも長崎で調査。53年に米学会誌に論
文を発表した。(東京新聞 2014/08/02)



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米国は50の生物兵器の秘密実験を兵士に対して行っていた
US admits to 50 secret tests of bio weapons on troops
1962-1973 5842人の兵士

1962-1973 5842troops

2001年の夏、アメリカは生物化学兵器禁止条約(BWC)のプロトコルを拒否した。理由は、生物防衛計画を秘密裏に進めているからではなく、それを継続・拡大しているからだ。
At the summer of 2001, the United States refused to protocol of biological and chemical weaponsban treaty(BWC).The reason is not because promoting the biological defense programin secret, but because they continue and expandit.

 

● 日本政府が取り仕切る治験マフィア

Japanese government presides over Trial Mafia.

 

 産学官治験殺人ビジネス。
 
資金源(補助金)は日本国民の税金。
 日本国民を人体実験にかけて、日本国民の命を商品化して稼ぎ、その巨大利益をまた活動資金にする。
 国民を人体実験の材料にして、虐殺して、金儲けをする。
 日本はこれでも国だろうか。
 国民あっての国家である。
 国破れて、山河あり。
 国民を虐殺して、・・・・・・・・・、何が残る。
 国民を人体実験にかけて、殺して、金儲けをする「治験マフィアの首領」が支配する裁判所とその配下の検察。ここに訴えても無駄である。却って、マイナスになる。
 
 産学官治験殺人ビジネスは国のためではない。軍需企業・医療機関などの鬼畜と、その儲けの上前を撥ねる保守政権党と官僚らの社会の弱者(老人・幼児・病人)の命をもてあそび、食い物にする金儲けの陰謀である。
Industry, academia and government trials murder business is not for the country. It is a conspiracy of money making that the devil, such as munitions companies, medical institutions, conservative government party and officials that play with lives of the society vulnerable groups (the elderly, young children, the sick) and rip off them.

 我々日本国民は、彼らの人体実験を国際司法に訴えて、人体実験犯罪を根絶する。
We the Japanese people will complain of their human experimentation in international justice, to eradicate the human experimentation crime.

 報道規制 Reporting regulations

 司法の政治権力への恭順  Reverence to the political power of the judiciary

 まだ核心部分を完全には掴んでいません。

● 人間性を取り戻す行脚

 2015年(平成27年)6月3日付朝日新聞

 

文化・文芸 「悪」を解き明かす本を